夢の歌
  
歌の翼に(2)
『切手は新しいのですが、封筒の消印は戦前の日付。これが値打ちになるようでございます。どういうわけで宛て名が弟のティモシーさまになったものかは判明しておりません』


 ティモシーの名前に行き当たると、ウィリアムの目は便箋からさっとそれた。サスキアからも見えないように便箋を傾ける。
 しかし、見えなくても文章は覚えてしまっていた。弁護士の手紙は頭の中で続いた。
『差出人の名前は“S.T”らしき頭文字しか判読できず、中身も全く意味の分からない子供の字。ご覧になりたくない、とのご指示でしたので、そのまま保管いたしておりました。たまたま切手収集の趣味のある事務員が目にし、そういう市場に詳しい人間に問い合わせたところ………


(S.T……よく遊んでいた現地の女の子はマーヤかマイラか、とにかくMで始まる名前だったが)
 幼いティモシーに宛てて誰かが書き、届かなかった手紙。その封書の束を、自分が手に取るところを想像しただけで、ウィリアムの胸に鋭い痛みが走った。本当なら、崩れた屋敷のがれきの中に、一緒に埋もれているはずだった。なのにそんな紙の束だけが助かり、弟は、両親は……


(まだ駄目なんだ。とても読めない。すまない)
 ウィリアムは誰にとも分からず謝罪の言葉を念じている自分に気づき、振り払うように顔を上げた。


「ローマには大きい子たちも連れて行ってやろう。喜ぶぞ。みんなで一流ホテルに泊まろうか」
「そんなに、高価なものだったの? その書類」
 サスキアが目を丸くする。ウィリアムはガサガサと便箋をめくった。
「ふーむ、競売次第だけど、せいぜい往きの旅費くらいかな。でも向こうに着きさえすれば、君の優勝賞金があるし」
「ウィリアム」
 便箋の向こうからウィリアムがニヤリと笑い、サスキアは呆れ返って首を振った。
「まだ音楽祭にエントリーすらしてないのよ」


「君なら大丈夫。小さなラジオ局でちょっと歌っただけで、すごい反響があったじゃないか」
 サスキアは、もじもじと落ち着きなくスカートを足に巻きつけた。
「それは、ここじゃみんな知り合いみたいなものだし」
「イタリア人だって、君の歌を聞けばいっぺんで好きになるよ」
「でも、世界的な権威のある音楽祭よ。予選だってきっと厳しいし」
「サスキア」


 ウィリアムは手をついて座りなおした。
「今ここでうとうとしながら夢を見たんだ。このことだよ、きっと」
「夢? どんな?」
 ウィリアムは晴れ渡った空を見上げた。
「僕は雲の上を渡って、別の国に降り立つんだ。着飾った人たちの前に引き出されて、歌を歌った。喝采を浴びたよ。君のいつもの音階練習の真似をしてみただけなのに」
「もう。適当なこと言って」
「本当さ」


「行こう。戦争が終わったら旅をしたいって言ってたよね。君の歌を、ヨーロッパじゅうに聞かせてやろうよ」


(いいよな、ティモシー)
 ウィリアムは便箋を握る手に力を込めた。