はじまりの島(6)
「ふむ、どうだろうな」
ひきがえるはゆっくりと目玉を動かした。
「【歌い手】が同時に二人現れたなんてことは過去にも聞かないが、絶対にないと断言できるわけでもない」
「ああー、つまり」
「結局、分からないってことね」
皆がっくりと肩を落とした。
「だったらもっと、曖昧な部分に望みを託すような言い方ができんか」
ひきがえるはちょっと頭を傾けた。微笑んだわけではなかったが、口調はほんのわずか優しいものになった。
「ティモシーが運良く【境い目の空】に呼ばれたときのために、手紙にはこちらの様子をできるだけ詳しく書くのがいいだろう。せっかく王国に来られるようになっても、マヤルと同じ時代を見つけて降りて来られなければ、どうしたって会えないのだから」
マヤルは目を輝かせて、奮い立つように背筋をのばした。
「わかったわ。一生懸命覚えておいて、ぜんぶ手紙に書くわ」
「その意気よ!」
「夢を書きとめるのを習慣にすれば、マヤルがここを忘れないためにもいいしね」
「毎日会いに来てちょうだい」
嬉しそうな街の人たちを見回し、マヤルも笑った。ふう、と息をつき、カウンターにもたれかかる。
「ああ、思ったことを、こんなにたくさんお話できたの初めてよ」
人々はにっこりと笑った。
「またおいで」
「誰かに話すだけでスッキリするってこともあるからね」
「さあ、あらかたできた」
奥の作業台で、仕立て屋の主人がううんと腰を伸ばした。台の上ではマヤルの“不思議の国のアリス風”エプロンドレスが、パーツごとに切り開かれて、小さなハギレの山になっている。
「間に合ったねえ!」
「お疲れさま」
「ああ」
若い仕立て屋は皆のねぎらいにうなずきながら、カウンターに近づいた。大儀そうにぐるぐると腕を回し、マヤルに笑いかける。
「何とか型紙が取れたよ。マヤルがよく寝る子でよかった」
マヤルが夢から覚めてしまえば、洋服も一緒に消えてしまう。その前に珍しい異国のシルエットを型紙に起こしておこうと、仕立て屋はおおわらわでドレスをばらし、線を引きまくって、すべてのパーツを写し終えたのであった。
マヤルはというと、頭からズボッとかぶってウエストをベルトで締める、ゆったりした平民風の子供服を借りて着ている。
「まったく、手伝ってくれと言ったのに、お前らときたら」
仕立て屋はむっつりとして、マヤルの周りに集った若い娘たちを睨み付けた。
「だって」
「つい話に引き込まれてしまって」
すまなそうに首をすくめる者、笑ってペロリと舌を出す者、反応は色々である。