夢の歌
  
はじまりの島(14)
「ここを」
 マロリーはテーブル越しに身を乗り出し、グレッグの手の中で書類ばさみのページをめくると、ある段落を指さした。
「ティモシーが置いてて……た、ふう、封筒?」
 グレッグがたどたどしく文字を追うと、マロリーは苦笑して、
「初見では読みづらいですね。ここも本には使わなかった部分ですから」
 読みましょう、と言ったのでグレッグは書類を手渡そうとしたが、マロリーはすでにスラスラと読みくだし始めていた。


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ティモシーが置いていってくれた封筒は立派なので、郵便局の人が気がついてくれました。郵便局の人は、特別便で送る「お屋敷の袋」に一緒に入れてあげようと言って、取りのけておいてくれました。「お屋敷にはちゃんと袋があるのに、どうしてわざわざ郵便局に持って来たの? 誰かに頼まれた内緒の手紙かい?」と聞かれました。私は「書いたのは私だし、ちっとも内緒じゃないわ」と言っておきました。境い目の空の話は誰にだって教えてあげたいけど、ほとんどの人が笑うので言わないだけです。


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 一言一句まで暗記しているのだろう、マロリーはさかさまの書面を眺めながら、よどみなく音読した。
「ティモシーの屋敷には、専用の郵便回収袋があったのでしょう。子供を使ってこそこそと投函させているように見えたのも、注意を引いた要因だったのかも知れません」
「まったく……なんて時代だ」
 グレッグは眉をしかめ、吐き出すように言った。
 マロリーは前のめりの姿勢のまま、グレッグの手元を見つめている。
「これは、軍当局が大っぴらに検閲スタンプを押して実施するたぐいの検閲ではなく、あくまで隠密の諜報活動だったようです。解読に成功し、本物の暗号文書と判明した手紙なら、分からないように封をし直して、素知らぬ顔で配送に回すことになったでしょうが、マヤルの手紙からは当然、どんな種類の暗号も検出されることがありません。脇へ押しやられたままとどめ置かれ、終戦後にようやく、そっけない詫びの添え書きとともに配達されることになったらしい」
 ひと息いれると、のろのろと起き直り、ソファーの背もたれに身をあずけた。
「私は、戦時情報保管庫のオープンデータボックスを当たってみました。これは、申請すれば誰でも中身を閲覧することができます。機密あつかいが切れた暗号局データと言えば、それは膨大でしたが、私は手紙の冒頭部分を持っていましたから、それを頼りに検索することができました」
 マロリーの視線は、部屋の壁に沿ってあてもなく、ゆらゆらと動いた。
「未解読暗号としてのマヤルの手紙は、封筒の中身に書かれた文面と、便箋部分が一緒にまとめられた状態で見つかりました。紙ではなくて、撮影された資料用フィルムとしてでしたが」
 グレッグは思わずホッと息をついた。マロリーが無事に手紙を見つけるという結末は分かっていたのだが、つい肩に力が入っていた。
「こうして全文が手に入ったわけでしたが、やはりこの手紙が、ちゃんとティモシーの手に渡っていたのかということが気にかかりました。私は、ティモシーが戦後セイロンに戻ったかどうかを調べられないだろうかと考えました」
 マロリーの説明は次第に早口になりながら、どんどん滑らかに、無表情になっていく。
「封筒のヘッドプリントにあった、紅茶プランテーションに関しての情報なら、公開されているセイロン史から調べることができました」
 グレッグは、引き込まれるようにただマロリーを見つめた。
「セイロンの紅茶事業は長らくあの国の主要産業でしたが、プランテーションの農場主はたびたび変わっています。当時の持ち主はローレンス・ブロアと言って、セイロン紅茶産業の目覚ましい発展に寄与したということで、王室から勲章も授かっている人でしたが」
 グレッグは強くこぶしを握った。
「記録にはこうありました。1940年のロンドン空襲で、自宅が直撃弾を受け全壊、夫婦と幼い息子、使用人も含めた住人全員が死亡」