夢の歌
  
はじまりの島(13)
「サクルトンさん」
 マロリーはソファーから身を乗り出した。
「これからお話しすることは、ここだけの事にしていただけませんか。あなたと同じように、マヤルを好きになってくれた人たちのために、お願いするのです」
 老作家の深刻な様子に、グレッグはとりあえずうなずいてみせた。
「もちろんです。インタビューの内容を公開したり、あなたの著作を公的に非難したりしようといったつもりでお伺いしたのでは、毛頭ありませんから」
「ありがとうございます」
 マロリーは背もたれに力なく体をあずけた。ゆっくりと呼吸をしてから、
「付箋やスタンプだらけの封筒には ――
 のろのろと口を開いた。
「封筒には、押し出し模様で印字された、セイロンのプランテーション事務所のヘッドプリントと、下手くそな鉛筆書きの差出人住所、そして宛て先の部分には、大人の流麗な筆記体で書かれた、ロンドンの弁護士事務所の住所がありました」
「弁護士事務所?」
 オウム返しにつぶやいたグレッグに、マロリーはうなずいた。
「ティモシーは、父親が使っていた仕事用の封筒を、まとめて何通ぶんも失敬したのでしょう。それが顧問弁護士の事務所宛てだとも知らずに」
 身構えていたグレッグは、ひょいと眉をあげた。
「ははあ。“ロンドン”への手紙と言えば、すべて自分のうちへ来るはずだと思ったのでしょうね」
 しょうがない子だ、と微笑んで書類に目を落とし、マロリーにも笑顔を向けたが、マロリーはふいと視線をはずし、話に戻った。
「封筒の売却元として、郵便資料を扱う仲介業者の記録に最初に名前が登場するのは、その法律事務所でした」
「弁護士事務所が、勝手に顧客の信書を売却?」
 グレッグは声を高くした。
「いくら事務所宛てに届いた手紙だったからって、中を読めば宛て先違いだと分かるはずなのに。ティモシー本人に確認ぐらいしなかったのだろうか」
 憤慨しているグレッグを尻目に、マロリーは冷静に続けた。
「そこは歴史ある法律事務所で、過去に取り扱った案件データはすべて電子情報化して保存してあるはずでした。私は、もしかしたら彼らは封筒から抜いた便箋を残しているかも知れないと期待しました」
「ふむ」
「しかし、顧客情報を含むそんな資料を、ハイどうぞと部外者に見せてくれるはずがありません。私は付箋のほうをあたってみました」
「付箋? 封筒についていた?」
 マロリーは視線を伏せたまま、ほんのわずか顔をうなずかせた。
「遅配をわびているその付箋は、英国郵政省が発行したものでした。しかし郵政省へ手紙をまわす許可印を押したのは、これはスタンプの事務局番号から割り出せたのですが、当時の暗号局でした」
「暗号局」
「マヤルの手紙は、英国人事業家の封筒を隠れ蓑にした、暗号文書としての疑いをかけられていたのです」
 グレッグはあんぐりと口を開けた。
「そんな、たわいのない子供の手紙なのに」
 マロリーはますます深く背もたれに身を沈ませながら、長いため息をついた。
「大戦が始まる前から、インド亜大陸一帯は英国からの独立の気運が高まっていましたからね。当局の目も厳しくなっていたのでしょう。地元の名士の封筒を使い、差出人住所が読みにくく書かれたマヤルの手紙は、わざと無学のように見せかけた、怪しい事この上ないものに映ったのかも知れません」