夢の歌
  
夢のおわり(6)
 たったったった……


 軽い足音が庭園を近づいて来る。
「正直者が来たようだ」
 王さまがつぶやくと、
「陛下、あの〜陛下、ごほん」
 小道のほうから控えめな声が上がった。


「猫か。分かっている、すぐに戻る」
 猫は植え込みに半分隠れ、顔をそらしながら立っていた。
「お邪魔をいたしまして大変申し訳ないのですが」
「邪魔だと分かるほどには状況を把握しておったな」
 猫はうろたえて耳をパタパタと振った。
「それはだって、アリスが心配で。いやそれより陛下、トビーが戻りました」
「本当?」
 アリスはぱっと立ち上がった。王さまの腕を取って引っ張る。
「早く、早く行きましょう」
「あ、もうこっちへ来ちゃいました」
 猫が後ろを振り返って手を差し伸べた。植え込みを回って姿を現したのは、ひょろりとした体に、入院着のような白い薄物を一枚ひっかけただけの、見知らぬ少年だった。
……トビー」
 アリスがつぶやくと、少年はくしゃくしゃの巻き毛を大きくうなずかせた。
「アリス、よかった。また会えて」
「どうしたの、背が伸びたわ、むこうで目を覚ませたのね、トビー!」
 アリスは話しながら夢中で駆けだし、少年を抱きしめた。


「あのね、アリスの言った通りにしたよ。こっちで歌うときみたいに、大きく息を吸ってさ。でも、ぜんぜんダメ」
「なに? なにがダメだったの?」
 慌てた様子のアリスに、トビーは笑いながら首を横に振った。
「大丈夫、声は出たんだよ。でも、こっちで歌うときとはまるで違うの。しぼんだぼよぼよみたいな、へなへなの声しか出なかった……でも、いろんな人が駆けつけてくれたよ。多分ママも」
「多分?」
 トビーは笑顔のまま少し目を伏せた。
「いきなりだったし、皆あんまり興奮してたもんだから、どの顔がそうか分からなくってさ……ううん、分かったよ。ホントは。ママはなんだか変わってたから、ちょっとビックリしたよ」
「そう……そうでしょうね。あなたが眠り始めたのが、私と会ってどれくらい後なのか知らないけど、ママも長いこと心配してたんだもの」


 アリスはトビーの華奢な体をかばいながら草の上に腰をおろし、そのまま膝の上に座らせた。
「もう大きいのに、なんかおかしいね」
 トビーは膝の上で居心地わるそうに小さくなっている。
「でも、あなたはこんな薄着だし」
「忘れたの? ボクは夢を見てるんだよ。寒くもないし、お腹も減らないの。アリスは寒さを感じるんだね」
「そうか……
 アリスは改めて細い体を抱きしめた。
「これからは、あなたもあっちの世界でいろんなことを感じるわ。だんだんここの夢も見なくなってしまうのね」
「そうなの? もう、ここには来れないの?」
 トビーは力を抜いてアリスに体重をあずけた。
「そうらしいわ。私もあっちではここのことをすっかり忘れていたもの」
(アリス23歳・国王30歳・トビー10歳)