夢のおわり(1)
アリスは笑みを浮かべながら、バスの窓に頭をもたせかけた。
「王さまはね、ひと目見ただけでそれがうんめいの人だって分かるの」
さっきから前の座席で、小さな男の子が母親に、一生懸命お話を聞かせている。
「それでね、王さまは膝まずいて、そのナーサって女の人にけっこんを申し込むの」
「ハイハイ。で、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、なのね」
母親の気のない返事に、
「違うよ」
男の子はぐっと背筋をのばした。
「そのあとも大変なじけんがいっぱい起こってね」
興奮してしゃべるたび、座席の背もたれから明るい茶色の巻き毛がのぞき、くるくると揺れた。
「もう。夢の話ばかりしてたら、サッカーチームのお友だちに笑われるわよ」
「だって」
母親は男の子の顔をのぞきこみながら、巻き毛をくしゃくしゃとなでた。
「おねだりは分かってるわよ。猫が飼いたいんでしょ」
「ねえ、ボク」
アリスは座席からぐいと身を乗り出した。
「それってオレンジ色のシマ猫?」
「あの、なんですか?」
振り返った母親は不審そうに息子を引き寄せたが、男の子はそばかすだらけの顔でうなずいた。
「そうだよ! そして大人みたいな茶色い上着を着てるの」
「二本足で歩くのよね? よくしゃべる」
「うん。ボク、おヒゲを引っ張って遊ぶの」
「そんなイタズラするなら猫は飼わないわよ」
母親はお説教を始めようとしている。アリスは二人のあいだに強引に割りこんだ。
「ねえ! 私も知ってるわ、その猫。それって題名は何だった? 本? アニメ?」
「ううん、雲のむこうだよ。ボクが風船のお歌を歌うんだよ」
「この子の見た夢の話ですよ」
母親は早く話を打ち切りたそうにしているが、アリスはしつこく食い下がった。
「だから、何かのお話を聞いて、その夢を見てるんでしょ? ああ、なんだっけ! なんだか覚えがあるんだけどなあ。猫がいて …… 王さまがいて」
「あの、もう降りますから」
迷惑顔の母親に手を引かれ、男の子はバスを降りていった。知らない人に話しかけられても……などと、母親に小言を言われているらしく、しゅんとしている。
(怒られてる)
(悪かったな。あの子の話を聞いていたくて、バスを降りすごしてたなんて分かったら、もっと気味悪がられるか)
(ああ、また遅刻だ。成績にひびく)
(意地を張らずに、パパに送ってもらえばよかった)
(運転手つきの車で乗りつけるなんて嫌なのよね。せっかく普通の高校に入ったのに)
アリスは教科書をひらいたが、視線はまたぼんやりと窓の外に流れた。
(それにしても、王さま結婚しちゃうんだ。ナーサなんて名前の女は、ちょっとヤだなあ)