「サスキアさまの世界は、あっちのほうにあるのですね」
東の空をのぞみながら、侍従のひとりがつぶやいた。
「そうね。あっちから来るものはみんな東風に乗ってくるそうだから……またまた猫さんによればね」
苦々しく言ったのをみなに不思議そうに見つめ返され、サスキアは慌てて話を変えた。
「次からは、この朝焼けの光景を思い描きながら戻ってくることにするわ。とってもきれいだもの」
影絵のような稜線のつらなりのすべてを、心に刻み付けるようにして朝焼けに見入る。
「それはいいですね」
「これからは東の方角を見たら、サスキアさまのことを考えてしまうなあ」
「みんな、早起きしてね」
サスキアが微笑むと、侍従たちも嬉しそうにうなずいた。
「陛下も、夜更かしの悪いクセが直ります」
「サスキアさまがおいでとなったら、きっと飛び起きてくださいますよ」
「楽しみで前の日の夜は眠れていないかも」
「あはは、真っ赤な目でお迎えなさるか」
「そうしたら、またこうやってあげるわ」
サスキアは膝の上のやわらかな髪をそっとなでた。もういちど東の方角をふりあおぐ。
(あっちの世界では私は)
(西の方角を見ると切なくなるのだろうな)
(夕焼けを見たら、そのまま飛んでいきたくなるだろう)
(塩の湖は私の涙であふれるだろう)
(王国の入り口を越えられなくて)
(それでも必死に白光を投げて叫ぶだろう)
(朝焼けのたび、結晶を乱反射させて)
(私はここよと)
(地の塩とはなんという皮肉か)
(あの猫は嫌いよ)
「サスキアさま?」
「さっきの、えすえふってものの話をもっと聞かせてくださいよ」
サスキアはにっこりとうなずいた。
「いいわ。あのね、私の世界では……」
■■■
「猫さん、アルバム未収録の歌に、猫が出てくるのがあったわ」
アリスが声をかけると、猫は耳をぴくりと立てて振り向いた。
「そうですか! 嬉しいなあ」
小走りにかけ寄りながら、上着の衿をひっぱって整える。
「どんな歌でした?」
「あのね……それが」
私が憎むのは
真実を告げる猫
恋をはばむ
凍ったことば
わかったような
顔をして
そら見たことかと
丸くなり
夢の終わりを
ここだと示す
アリスは指で拍子をとりながら、か細く音階を登り、諦観をたたえた一音で終わる不安なメロディーを歌った。王城の広間には家臣たちもいて、
「おお、よくできた警句のような」
「精緻な音律に深みがある」
歌い終えたアリスに拍手を送ったが、猫は
「う〜ん」
複雑な表情である。
「猫さんのことじゃないと思うけどね」
アリスはなぐさめるように言ったが、
「いや、まあ……」
猫はせわしなくヒゲをぴくぴくさせている。
「そもそも猫を歌った歌がないのよ。やっとこの一節だけ。彼女は猫ずきじゃなかったのかしらね?」
「う〜ん」
猫が頭を抱えてしまっていると、背後から王さまが近づいた。
「猫よ、アリスにちょっとヒゲでも引っ張らせてあげてはどうだ」
「へ、陛下……」
「きっとスッキリするぞ、やってごらんアリス。私も時々やる」
アリスは訳がわからず、大真面目な表情の王さまと、しょんぼりとうなだれた猫を交互に見つめた。
夜明けの彼方編■おわり