夢の歌
  
夜明けの彼方(4)
「サスキアさまの世界は、あっちのほうにあるのですね」
 東の空をのぞみながら、侍従のひとりがつぶやいた。
「そうね。あっちから来るものはみんな東風に乗ってくるそうだから……またまた猫さんによればね」
 苦々しく言ったのをみなに不思議そうに見つめ返され、サスキアは慌てて話を変えた。
「次からは、この朝焼けの光景を思い描きながら戻ってくることにするわ。とってもきれいだもの」
 影絵のような稜線のつらなりのすべてを、心に刻み付けるようにして朝焼けに見入る。


「それはいいですね」
「これからは東の方角を見たら、サスキアさまのことを考えてしまうなあ」
「みんな、早起きしてね」
 サスキアが微笑むと、侍従たちも嬉しそうにうなずいた。
「陛下も、夜更かしの悪いクセが直ります」
「サスキアさまがおいでとなったら、きっと飛び起きてくださいますよ」
「楽しみで前の日の夜は眠れていないかも」
「あはは、真っ赤な目でお迎えなさるか」
「そうしたら、またこうやってあげるわ」
 サスキアは膝の上のやわらかな髪をそっとなでた。もういちど東の方角をふりあおぐ。


(あっちの世界では私は)
(西の方角を見ると切なくなるのだろうな)
(夕焼けを見たら、そのまま飛んでいきたくなるだろう)
(塩の湖は私の涙であふれるだろう)
(王国の入り口を越えられなくて)
(それでも必死に白光を投げて叫ぶだろう)
(朝焼けのたび、結晶を乱反射させて)
(私はここよと)
(地の塩とはなんという皮肉か)
(あの猫は嫌いよ)


「サスキアさま?」
「さっきの、えすえふってものの話をもっと聞かせてくださいよ」
 サスキアはにっこりとうなずいた。
「いいわ。あのね、私の世界では……


■■■

「猫さん、アルバム未収録の歌に、猫が出てくるのがあったわ」
 アリスが声をかけると、猫は耳をぴくりと立てて振り向いた。
「そうですか! 嬉しいなあ」
 小走りにかけ寄りながら、上着の衿をひっぱって整える。
「どんな歌でした?」
「あのね……それが」


 私が憎むのは
 真実を告げる猫
 恋をはばむ
 凍ったことば
 わかったような
 顔をして
 そら見たことかと
 丸くなり
 夢の終わりを
 ここだと示す


 アリスは指で拍子をとりながら、か細く音階を登り、諦観をたたえた一音で終わる不安なメロディーを歌った。王城の広間には家臣たちもいて、
「おお、よくできた警句のような」
「精緻な音律に深みがある」
 歌い終えたアリスに拍手を送ったが、猫は
「う〜ん」
 複雑な表情である。


「猫さんのことじゃないと思うけどね」
 アリスはなぐさめるように言ったが、
「いや、まあ……
 猫はせわしなくヒゲをぴくぴくさせている。
「そもそも猫を歌った歌がないのよ。やっとこの一節だけ。彼女は猫ずきじゃなかったのかしらね?」
「う〜ん」
 猫が頭を抱えてしまっていると、背後から王さまが近づいた。
「猫よ、アリスにちょっとヒゲでも引っ張らせてあげてはどうだ」
「へ、陛下……
「きっとスッキリするぞ、やってごらんアリス。私も時々やる」
 アリスは訳がわからず、大真面目な表情の王さまと、しょんぼりとうなだれた猫を交互に見つめた。



夜明けの彼方編■おわり