「我々の足が踏むべき場所は、地球は……彼らの生きた時代とはかなり変わってしまったね」
寄り添って眺望に見入りながら、トビーがつぶやいた。
「エレベーターは、地球に突き刺さった吸血チューブだよ。文字どおり地上の富を吸い上げて、あとには何も残さない……」
マユミがそっと見上げると、トビーの苦しげな表情があった。
「地球はこのまま不毛の地になるかも知れないというのに、出かけていった新天地でも人はまた武器を持ち、同じような争いを始めている。我々は何と罪深い生き物なんだろうね」
マユミは肩に回された手に、自分の手を重ねた。
「あなたはもっと、エレベーターに明るいイメージを持っているのかと思ってた……」
トビーは口元だけで笑った。
「腹の中でこんなことを考えながら、公的な場では寄付金集めのために、薄っぺらな希望で飾ったスピーチをする。一番罪深いのは僕かも知れないな」
「そんな。寄付金は必要だもの。ファーストステップ財団は歩行訓練事業のほかにも色んな研究を……あなたはそのために」
マユミが言葉を途切らせると、トビーは苦笑して目を伏せた。
「君にそう言ってほしくて、こんな話をしたのかな。なんだかホントに腹黒いね、僕は」
トビーはマユミにまっすぐ向き直った。
「だがこうも思うんだ。人はどんなに愚かでも、自分の足が踏んでいる場所を、少しでも良くするよう奮闘することならできる。僕は、君と同じ場所に立って、それを一緒に……」
話しながら、トビーがマユミの手を取った時。
ちりりりん
控えめなベルの音が響き、フロアの床全体がパッパッと明滅した。
「あ、シャトルの乗り込み許可だ。通常システムが復旧したようだね」
周りを見回すと、他の待ち合い客たちはいそいそと乗り込み口へ向かっている。
「ええと、何の話をしてたっけ」
トビーは焦りながら、マユミに隠れてまたポケットの小箱を探った。
「さあ?」
マユミはガラスに映ったトビーから目をそらし、優しくため息をついた。
「もう少し、ここから地球を見ていましょうよ」
番外編 ニアネス・オブ・ユー■おわり