夢の歌
  
番外編 ニアネス・オブ・ユー(7)
「我々の足が踏むべき場所は、地球は……彼らの生きた時代とはかなり変わってしまったね」
 寄り添って眺望に見入りながら、トビーがつぶやいた。
「エレベーターは、地球に突き刺さった吸血チューブだよ。文字どおり地上の富を吸い上げて、あとには何も残さない……
 マユミがそっと見上げると、トビーの苦しげな表情があった。
「地球はこのまま不毛の地になるかも知れないというのに、出かけていった新天地でも人はまた武器を持ち、同じような争いを始めている。我々は何と罪深い生き物なんだろうね」


 マユミは肩に回された手に、自分の手を重ねた。
「あなたはもっと、エレベーターに明るいイメージを持っているのかと思ってた……
 トビーは口元だけで笑った。
「腹の中でこんなことを考えながら、公的な場では寄付金集めのために、薄っぺらな希望で飾ったスピーチをする。一番罪深いのは僕かも知れないな」


「そんな。寄付金は必要だもの。ファーストステップ財団は歩行訓練事業のほかにも色んな研究を……あなたはそのために」
 マユミが言葉を途切らせると、トビーは苦笑して目を伏せた。
「君にそう言ってほしくて、こんな話をしたのかな。なんだかホントに腹黒いね、僕は」


 トビーはマユミにまっすぐ向き直った。
「だがこうも思うんだ。人はどんなに愚かでも、自分の足が踏んでいる場所を、少しでも良くするよう奮闘することならできる。僕は、君と同じ場所に立って、それを一緒に……
 話しながら、トビーがマユミの手を取った時。


 ちりりりん


 控えめなベルの音が響き、フロアの床全体がパッパッと明滅した。
「あ、シャトルの乗り込み許可だ。通常システムが復旧したようだね」
 周りを見回すと、他の待ち合い客たちはいそいそと乗り込み口へ向かっている。


「ええと、何の話をしてたっけ」
 トビーは焦りながら、マユミに隠れてまたポケットの小箱を探った。
「さあ?」
 マユミはガラスに映ったトビーから目をそらし、優しくため息をついた。
「もう少し、ここから地球を見ていましょうよ」



番外編 ニアネス・オブ・ユー■おわり

読んだよフォーム
番外編は歌のタイトルにしています。またもジャズのスタンダード曲「The nearness of you」は、「ただそばにいるだけで、ああもうドキがむねむね(昭和)」というベタあまな歌です。トビーあんたは早いとこ本題に入るように。