夢の歌
  
番外編 ニアネス・オブ・ユー(5)
「広報としてはそんな形容をしているけれど、それはただ結果を良いように解釈したにすぎないよ」
 マユミは黙って耳を傾けながら、トビーのジャケットに寄り添った。


「宇宙エレベーターがもたらした変革は、ただ宇宙事業ひとつにとどまらない」
 トビーの視線は目の前の地球を通り抜け、どこか遠くをさまよっている。
「太陽系内外の豊富な資源や、開拓可能な居住世界の発見は、世界の欲望の向かう先を、根こそぎ惑星の外へ持ち去ってしまった。我々は、すでに壊れかけている地球に資金をつぎ込むより、宇宙への道を優先することを選んだんだ」


 マユミはそっとトビーを見上げた。
「初号機を使った宇宙開発が事業的に大成功するのを見て、あっという間に、二号機のための建造地買収も決着したものね」
「ああ」
 トビーはマユミの肩に回した手に、軽く力を込めた。
「初号機の完成で、南アジアの経済もまた、一斉に宇宙へ向いてしまっていたからね。紛争が特に泥沼化していた小国スリランカは、宇宙関連経済に完全に乗り遅れ、国家財政は衰退し……そこへ宇宙エレベーター事業団が、救いの手を差し伸べたってわけだ。金はやるから、島をまるごと明け渡せと」


 マユミは小さく眉をひそめた。
「そんな言い方……事業団はどちらの勢力にも、ちゃんとした移住先を割り当てたじゃないの」
「そうだったね。なんだかつい、乱暴な言い方になってしまう」
 トビーは苦笑して肩の力を抜いたが、口元にはまだ憂いの名残が漂っている。
「いや、実際乱暴なやり方だったんだ。島民同士の対立はもう、修復しようのないところまで来ていたし、和解が困難なら、お互いに遠く離れた場所に移住させてしまうというのも、ひとつの解決策ではあった。しかし……ひとつの国家を、ああも簡単に地図から消してしまうなんて」


 トビーが言葉を途切らせる。マユミは力強く後を続けた。
「少なくとも、親たちはそれで十分納得したのよ。子供が歩いて学校に通える暮らしと引き換えなら、先祖の土地を明け渡すぐらい、安い取り引きだって」


 トビーは静かに正面を見つめたまま、こくりとうなずいた。
「“彼らは過去と引き換えに、未来を手に入れた”ってわけか」
 マユミはうーんと首をひねった。
「それも、記事の中でよく使う言い回しですが、またなにか?」
「いえ、特に異論ないです」
 トビーも真面目くさって返した。


 お互い、笑いを含んだまなざしを絡ませてから、トビーがふっと息をつく。
「理想の実現よりも、地に足の着いた暮らしを確保することは、島民みずからが選んだ道なんだものね。尊重すべきだよな。“高き場所や、大きな場所……”」
 トビーがつぶやくように暗唱すると、すぐに追いかけてマユミも言葉を重ねた。
「“高き場所や、大きな場所への憧れを捨てよ。小さな場所で生きることが、我々のすべてである”」