番外編 ニアネス・オブ・ユー(4)
マユミはトビーに寄り添って体重をあずけた。
眺望ウィンドウの映り込みを透かし見ると、マユミの肩を抱いたトビーは、片手をズボンのポケットに突っ込んで、考えに沈んでいる。
「ここから見下ろしていると……錯覚してしまうね。地球はどこまでもつるんと滑らかで均等だと」
「?」
マユミはガラスに映ったトビーに目で問いかけたが、トビーは鏡像ではなく、漆黒の闇を押しのけて輝く、地球の姿に見入っていた。
「本当は、あの地表はもっとごつごつしていて、渓谷や岩場のかげや、あらゆる起伏に、誰かが住んでいるんだよな。それぞれ相容れない背景を持つ、それぞれ違った家族たちが、それぞれの歴史に固執した過去を、守り伝えながら」
「そうね。ついこのあいだまで、世界中で紛争が続いていたのよね」
トビーはうなずいてまた眺望に見入った。
この展望室から見える半球は、常にガラパゴス海域が中心になる。雲の切れ間からのぞく大地は、南北アメリカ大陸のどこかだ。
見えている陸地部分のほとんどは、茶色い砂漠地帯か、赤茶けた人口密集地の色に覆われていた。
「長い紛争のあいだ、世界の資金という資金はすべて軍事向きの産業につぎこまれ、環境保護はどんどん後回しになった。ガラパゴスは、昔は希少動物の宝庫だったというのに」
「今じゃすっかり近代的な空港都市ね」
宇宙エレベーターが実際にそびえ立っているのは、海上にある人工的な浮島なのだが、浮島への直結した交通機関を持つ唯一のアクセス都市として、ガラパゴスは全島にわたって大開発が行われていた。
「あそこは地球上で最も磁場が安定している地域のひとつで、エレベーターの設置には最適だったんでしょう?」
「うん。しかし、環境の激変で、ガラパゴスが世界遺産登録を取り消されなかったら、いくら宇宙エレベーター事業団でも、海域をまるごと買い上げるなんて暴挙は、とても許されなかったろう」
トビーは苦々しげに半球の中心を見つめる。
「手のほどこしようのない環境破壊が地球規模で進んだおかげで、宇宙エレベーター初号機の設置がスムーズに進んだんだから、皮肉だよ。環境汚染さまさまだ、あれ……」
マユミはまた何度目か、トビーがポケットを探る様子をガラス越しに盗み見た。ジャケットがめくれると、すっきりとした仕立てのズボンの脇のラインが、四角くふくらんでいるのがチラリとのぞく。
「一体何の話をしてたっけ」
(あなたに分からないものを、私に聞かれても)
(どうしようニナ、師匠ピーンチ)
マユミは心もとなげにトビーを見上げた。
「ええと、初号機の話よ。宇宙エレベーター建造が、地上から紛争をなくしたんでしょう?」
トビーはそうそう、とうなずいた。
「それも、マスコミが好む言い回しだけどね」
マユミがわずかに眉をあげ、トビーははっとして振り返った。
「おっと、深い意味はなく」
「どうぞ、続けて」
トビーは苦笑してまた手をポケットに突っ込んだ。