夢の歌
  
迷いのともしび(7)
「自分が軍隊に入ってみて分かりましたわ。自分の力の足りなさを、認めることがどんなに難しいか。というより軍隊って、兵士がそんなことで責められなくてもいいようになっているんですわね、きっと」
 サスキアは考え考え言った。
「戦争って、期待したような成果があがらないことばかりですもの」
「そうか」
 ウィリアムは閉じていた目を薄く開いた。
「そもそも幕僚たちがどんな成果を期待して作戦を立てているのか、僕にはよく分からないと思っていた……
 遠い空へ向けて、浅く息を吐く。
「大変な損失をこうむったのは明らかなのに、作戦は成功だと言ったり。本当は最初から、何が成果なのか、はっきりと決まったものはなかったのかも知れないな」
 息をゆるめながら、こわばっていた力を抜いていくと、寝椅子がぎい、ときしんだ。
「僕はこっちへ来て、インド兵の小部隊をひとつ任された。植民地育ちで慣れているだろうというんで。僕がいたのはインドじゃなくて、セイロンだっていうのに」
 誰もいない空に向かって話していると、ただそのときの光景だけが次々と、脳裏に蘇っては消えた。
「リビア攻略が始まると、戦況によってあっちこっち移動する作戦陣地のあいだを、あっちへ走りこっちへ走り」
 トラックのフロントウィンドウを、砂煙がさっとなでた。
「ほんのわずかな情勢の変化で、すべてがガラリと変わる……
 ウィリアムは、さっきパリの少女の幻影を見た自分のように、サスキアにも、自分の頭の中と同じ光景が見えてしまっているだろうかと思った。
「ある日、このトラックで目的地に乗りつけて、それでどうなるんだと、急に虚しくなった。カーブに沿ってハンドルをきったり、悪路のコブを必死によけたり、それでどうなるんだと」
 目を閉じても、ひらいても、同じ光景が見えた。
「気づいたらペダルを踏み込んだまま、ただハンドルをつかんでいた。部下が何か叫んでいたが、覚えていない……


 長いあいだ黙ったまま、空を見ていた気がして、ウィリアムは息を震わせた。
「完全に横転する前に、部下たちはトラックから飛び降りたそうです。こんな上官の下についた不運を、呪ったろうな」
 笑いを含んだようにくくっとつぶやいて、小さく身をよじる。
「彼らも故郷に家族がいるんだ。申し訳ないことを、するところだった」
 サスキアが立ち上がった。一歩を踏み出すと、磨り減った靴底が優しくコツリと鳴った。
 寝椅子の脇に立ったサスキアは、ウィリアムの無防備な泣き顔とまともに向き合い、一瞬息を飲んだ。そのまま片手をツヤのない金髪の上に載せて、腰をかがめる。
 額にゆっくり唇が押し付けられ、ウィリアムは目まいを感じながら目を閉じた。


「もう行かないと。夜シフトまでに帰らなきゃならなくて」
 静かな声がして、暖かい手がウィリアムの髪から離れた。
 ウィリアムが目を開けるとまだサスキアが枕元に立っていて、西に傾いた太陽が、優しい顔にやわらかい陰影をつけていた。
「また来てくれますか?」
「あの、また移動なんです。明日出発で」
「そうですか……