夢の歌
  
迷いのともしび(3)
「似合わないって、どういう意味ですか」
 やりとりはいつの間にか険悪なものになっている。
「それは、文字どおりの意味です」
「私のこと、何ひとつご存知ないでしょう」
「いや」
 ウィリアムは首を振った。
「音楽家志望で、パリを脱出して不安で」
 サスキアが胸に抱えている新聞を目で示す。
「新聞の写真くらいで動揺してしまう、これだけ知っていれば十分だ」
「おい」
 見かねたリチャードがさえぎった。
「そして故郷のご家族のために戦おうとなさってる。立派なことじゃないか、黙ってろよウィリアム」
……
 何となくにらみ合いながら、三人とも雑踏の中で立ちつくしていた。
 流れていく人の波が、そこで一旦さえぎられている。足早に歩いてきた男が、サスキアを肩と荷物で強引に押しのけた。
「きゃっ」
 よろめいたサスキアを、リチャードが抱きとめた。
「大丈夫ですか、おい、気をつけろ!」
 男は肩越しにリチャードを振り返り、盛大に悪態をつきながら、人波に消えていった。
「往来の邪魔になっているのは我々だ、もう行こう」
 ぽつりと言って、ウィリアムは歩き出したが、ぐいと振り返った。サスキアはリチャードの腕の中で縮こまっている。
「失礼なことを言ってすみませんでした」
 そのまま人ごみの中へ進もうとしたが、一瞬立ち止まり、
「それから」
 言いよどんで足元を見つめた。
「大陸でドイツ軍を押し戻せなかった我々が悪いんです。すみませんでした……退却するしかなかった」
 吐き出すように言ってから、ぷいと背中を向けて歩み去った。

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