夢の歌
  
雲の果て(8)
 リニアシャトルの車両に外の景色を楽しむための窓はなかったが、シャトル全体がわずかに揺れたので、下降が始まったと分かった。
 座席が据えられている位置からすると進行方向は“前方”なので、下降しているという感じはない。ただベルトの下で浮いていた体が、ゆっくりとシートの中に収まっていった。


 マユミは頭を傾けて隣の二人を見た。
「さあ、これで今日四回目の乗車だけど、おかしなものは何も見えなかったし、他の乗客からだってそんな話は出なかったわよ」


 恨みもこめて精一杯非難がましく言ったのだが、男たちはちっともこたえていない。
「ええ。たまに乗るだけの人が多いですからね。もうすぐ地上に到着するというあたりでは、減速Gで皆ぼんやりしていますし」
 若い方が録画カメラを取り出しながら、生き生きと言った。
「僕らは集中的に観測乗車を繰り返して、なんとしても証拠を押さえるつもりです。許可がいただけれは、地上近いあたりのエレベーターシャフトの外側に送信モジュールを設置して、異星人への挨拶をさまざまなデータ媒体によって送信することも考えています」
……


 マユミが何とも言えずにいると、年かさの方が話を引き取った。
「我々はエレベーターのてっぺん、最遠部のアンカー終着駅の調整に行くんで、何度となくシャトルを利用しているんですけどね、その時に、見たんですよ」
「シャトルの壁を通り抜けて、二足歩行をする猫がですね」
 ゆったりと作ってあるシャトルのシートも、大柄な二人には少々窮屈そうだが、二人とも大して気にならない様子で身を乗り出している。
「猫などの哺乳類進化型だけじゃなくて、爬虫類進化型やら両生類進化型やら、いろんな異星人がいましてね」
「あ、もちろんヒト型もいましたよ。子供でしたが」


 マユミは面倒くさそうにうなずいた。
「何度も聞いたわよ。で、その子供向け着ぐるみショーみたいな面々は、地球侵略の意思がありそうなの」
「いえいえ、ご心配なく。服は着てましたがごくごく軽装で、武装なんかしてませんでした」
「それに一瞬でしたから、残念ながら意志の疎通までは」
……


 これ以上嫌味がカラ回りしては余計に疲れそうだ、マユミは皮肉っぽい態度を引っ込めた。
「あなたたちと同じエレベーター技術者で、そんなものを見たって人はいるの?」
「いや、皆エレベーター酔いをするんで、シャトル乗車中は薬で眠っているんです。てっぺんまでは長旅ですし」
 マユミは納得したようにうなずいた。
「そういう人は多いわね。途中の静止軌道駅までだって、半日がかりだもの」
 周りでも乗客は皆、ぐっすり寝入っているか、ビデオ鑑賞用のゴーグルをすっぽりかぶっているかしている。


「僕らは二人とも酔わないんですよ。元々宙艇パイロット志望でしてね」
「そう」
 マユミが感心して見つめると、
「反射適性テストにはパスしたんですが、ちょっと図体がでかすぎて」
 揃って面目なさそうに、大きな体を縮めてみせた。
「訓練学校に入るための試験勉強中に、にょきにょき背が伸びてしまったんですわ、これが」
「まあ、身長でハネられるなんて、気の毒に」


「新技術を詰め込んだテスト船には、小柄な奴のほうが向いてるんですよ。で、エンジニアに」
「エンジニアだって大事な仕事よ」
 マユミが同情を込めて言うと、二人はにっこりと笑った。
「それにしても、ふむ。薬で朦朧としている人がおかしな幻覚を見たっていうんなら分かるけど……
 マユミは真面目な顔になって、二人を代わるがわる見つめた。


「気づかないうちに、あなたたちも実はエレベーター酔いをしてるんじゃない? 幻覚を見るという形で」
「いいえ。だって、見るときと見ないときがあるんですよ」
「体調によって酔うときと酔わないときがあるわよ」
「いや、しかしパイロット適性試験にパスしたのに、宇宙酔いなんて」
 二人はあり得ない、という顔で首を振っている。


「じゃあ今ここで、エレベーター酔いの判定テストをしましょう。空間認識のテストでいいかな……
 マユミがカード端末から、視覚見当識のテスト用ソフトを呼び出そうとしていると、
「ああっ!」
 若いほうが大声をあげた。