少年は興奮で目をキラキラさせていた。
「そうだよ」
マヤルに並んで雲の中に腰を下ろす。
「君のお話が本になっているの。ボクのパパは、本の作者に本当のマヤルの話を聞くんだって、外国まで出かけたよ。ボク、思うんだけど」
ずい、と身を乗り出すと、少年の頭の上で、カエルの目玉がくるん、と回る。
「君の手紙を読んで、ティモシーがその本を書いたんじゃないかなあ?」
「ティモシーが?」
マヤルは少年を食い入るように見つめた。
「それ、作者の名前は? ティモシー・ブロアだった?」
「あ、違う……でも、ペンネームかも知れないよね」
少年は同意を求めてマヤルの顔をのぞきこんだが、マヤルはうつむいてじっと考え込んでいる。
少年はかまわずしゃべり続けた。
「君は本のマヤルとは違って、宇宙エレベーターを知らないんだね。マヤルもティモシーも、ボクよりずっと昔の時代の人なんだ。本が出版されてるボクの時代になった頃には、きっとティモシーは大人になってるはずだよね」
満足げに言葉を切ってから、少年ははっと動きを止めた。
「ティモシーはもう大人になった……? あれ?」
ゆるゆると片手を上げ、一点を見つめる。
「ということは……子供のティモシーはもう夢に来ないのかな?夢では、君たちはもう会えないの?」
つぶやいて何気なく顔を向けると、マヤルがじっと見つめ返している。少年は飛び上がって座り直した。
「ごめん、ボク、マヤルに会えて嬉しくて。ティモシーのことも、パパの真似して筋の通る説明を色々考えて遊んでたもんだから、つい」
目の前のマヤルを気遣うように見つめる。
「今ここにいる君は、お話の登場人物じゃないんだよね」
少年はゆっくりと息を吸い込み、考え考え言った。
「ティモシーはきっと、忙しかったか手紙の意味が分からなかったかして、夢に来られなかったんだよ。で、大人になってから、せめて本にした。そういうことじゃないのかな……」
少年は緊張してマヤルの反応を伺っていたが、マヤルは、
「ねえ、その本では、私とティモシーは会えてるの?」
ぼんやりとそれだけ言った。
「ええと」
少年は口ごもり、うろうろと目を泳がせる。奇妙な沈黙が流れた。
「ねえ、あのね」
少年とマヤルがそろって黙り込んでしまい、熊はオロオロと両手をもみしぼっていた。
「マヤル、あの……ティモシーのこと、ホントはもうちょっと分かるよ」
熊は二人の顔をチラチラと見ながら、もじもじと足踏みしている。
「『ハチミツ色の髪のティモシーに伝言を』。口承は空の見張り以外、誰にも教えちゃいけないんだけど……」
熊はそこで口ごもった。マヤルは息を詰めて待っている。熊はうんとひとつうなずいて姿勢を正した。
「ティモシー、ひきがえる時代より先で、マヤルは確かに待っている。あまり未来に行き過ぎないよう気をつけて探しなさい」
マヤルは膝立ちで熊に飛びついた。
「ああ! やっぱりティモシーも来たのね? 境い目の空へ!」
しかし、熊は泣きそうになりながら首を振った。
「違うよ。ハチミツ色の髪のティモシーが【歌い手】として現れたことはないよ。だからこの伝言が無効で残ってるんだ」
「だって、そんな……」
ふらりと後ずさったマヤルを追いかけて、熊は一緒に雲の中にぺたりと座り込んだ。
「マヤル、ひきがえる師は多分、ただ君のことが心配だったんだ。君がティモシーに会えるかどうかは分からなかったけど、会えなかったら君がどうするかは予想がついたんだね。それで君には“ずっと探し続けていてはいけない”って伝言を残したんだ」
熊は懸命にマヤルの顔をのぞきこんだ。
「マヤル、ひきがえる師の言うとおりにしようよ。せっかく来てくれたんだもの、王国の人たちに歌ってあげて」
マヤルは自分ひとりの考えに沈んでいる。
「こんな未来になっても、まだティモシーは来てない……」
マヤルはつぶやいて、安堵のような、諦めのようなため息をついた。
「じゃあ、過去はもう探さなくていいのね。見落としがあったかも知れないって心配だったのよ。よかったわ」
そして、よし、と勢いをつけて立ち上がった。
「私、もう少し探してみるわ。もうあんまり夢に来られなくなってきているの。これが最後のチャンスかも知れないのよ」
「待ってマヤル、まだ未来へ行くつもり?」
少年もあとを追って立ち上がった。
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「ジャック、マイミから電話だよ。あれ、寝ちゃった?」
トビーはソファーをのぞきこんで笑った。
「このカエルさんパジャマに着替えると、もうバタンキューですから」
エレンが肩をすくめる。膝の上では、明るい黄みどり色のフードつきスエットを着たジャックが、すやすやと寝息をたてていた。
「待って、マヤ……」
つぶやきながらジャックが寝返りを打つと、頭の上のプラスチックの目玉がくるんと回った。