夢の歌
  
雲の果て(4)
 マヤルは熊とカエルの隣に並んで、そびえ立つ塔を大きく見上げた。
「ねえ、これはなあに? 境い目の空に、生えてるの?」
「ううん。これはあっちの世界の。宇宙エレベーターだよ」
「宇宙?」


「そう。空に向かってどんどん登って、宇宙まで行けるんだ。これは……ワイヤー結束に新開発の技術が使われてるから」
 塔の壁面を念入りにのぞきこんで、カエル少年は、うん、とうなずいた。
「タプロバニー市国にある二号機のほうだね」


 マヤルは目を丸くした。
「タプロバニー? それは私のふるさとよ!」
「そうなの?」
「島の昔話に出てきた呼び名だわ……じゃあこれは、昔の王さまが建てた塔? 王さまの時代に繋がってるの?」


 少年はカエルの目玉をくるくるさせながら首を振った。
「違うよ。島がエレベーターの窓口として新しい国になったときに、昔の王朝時代の古名を借りてきてつけただけさ」
「新しい国……
 マヤルはもう一度塔をふり仰いだ。どんなに首をそらしても、てっぺんは雲のずっと先にあるようだ。


「こんな大きなものを建てられるなんて、戦争はきっと終わるのね」
 マヤルがつぶやくと、少年もうなずいた。
「うん、終わったよ。長い紛争だったらしいけど、エレベーターのおかげで宇宙事業コストが一変して、太陽系内外の鉱物資源が一気に身近になったからね」
 得意そうに頭を振るたび、カエルの目玉がくるくる回る。
「武装闘争を援助してた大国や、軍産コングロマリットをはじめ、世界じゅうの企業資本や技術が、ぜんぶ宇宙開発向けに転向してしまって、地方紛争なんかはあっという間にローテクになったの。宇宙エレベーターは、平和の象徴なんだよ」
「そう……素晴らしいわね」
 聞いたことのない概念ばかりだったが、マヤルは少年の話すことを素直に頭の中にイメージできた。


「そのエレベーターが、宇宙へ向かって伸びて行く途中に、境い目の空にぶつかっちゃったわけか」
 おかしそうに微笑みながら、マヤルは雲から生えた塔を、下から上まで眺めわたした。
「じゃあ境い目の空への入り口は、私の島の真上にあったのね」
 マヤルは少し鼻が高い気がして言った。しかし、
「それがね、そういうわけでもないらしいんだ」
 少年はますます得意げに目玉をくるくるさせた。


「アリス王妃は小さい頃、イギリスから飛ばした風船が空を通ってちゃんとこっちへたどり着くのを見たんだけど、王妃ご自身が丸ごとこっちへ来た時、飛行艇で飛んでいたのは、宇宙エレベーター建設候補地のある、赤道付近だったんだって」
 少年はそこで、反応を期待するように言葉を切ったが、マヤルはいまひとつピンと来ていない。
「ええと、王妃さまはもともとあっちの世界の人なのに、境い目の空を通って、目が覚めたままこっちへ来てしまったってこと? それって、すごいわね!」


 熊が驚いて割り込んだ。
「君、アリス王妃のこと知らないの? いったいどれだけ過去から飛んできたの。あんまり時間をすっ飛ばすのはいけないよ」
「ご、ごめんなさい」
 小さくなるマヤルに、熊は厳しい目つきで鼻づらを振ってみせる。
「みんな君の歌を楽しみに待ってたはずだよ」


 熊のお説教には構わず、少年は話を続けた。
「ご自身がこっちへ飛ばされたときの経験と、いろんな歌い手からの話を総合した、アリス王妃の仮説だけどね」
 話しながらマヤルに向かって前のめりになると、また目玉がくるり。
「地表ちかくで吹いている風と全然違う向きの風が、その上層で吹いている時、その風の境い目が、境い目の空につながるんじゃないかって」


「だから、境い目の空の入り口はね、きっと世界中にあるんだよ」

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