雲の果て(3)
「ティモシー、どこ?」
マヤルは雲の中に溶け、境い目の空とひとつになって、王国の時間の中をさまよっていた。
「ここにもいないわ、次」
「ここも違うんだわ、次」
マヤルは本のページをめくるようにして、王国の過去と未来を次から次へとせわしなくたどった。
「だめみたい、次」
焦るマヤルの頭の中を、さまざまな人と時代の絵が現れては消え、すごい速さで飛びすさって行く。
「待って、待って」
しっかり顔を確かめねばとやみくもに手を伸ばすのだが、マヤルの焦りと同調するかのように、王国の歴史は次第に速さを増して行き、指の間をすり抜けて行った。
「もっとゆっくり探さなきゃ。でも、もう時間が……」
マヤルはため息をついてスピードを落とした。そのとき、
「あれは何?」
雲の中で横になっていたマヤルは、もやもやとした雲を振り払いながら起きあがった。
遠くに、まっすぐな柱がそびえ立っているのが見える。雲の平原を突き通って現れた塔のような柱は、そのままずっと上まで伸びているようだ。
マヤルは立ち上がってゆっくりと近づいて行った。
「あ、誰かいる」
まっすぐな塔のそばに、大小二つの人影があった。
大きい方は少し横幅があり、黒くてずんぐりしている。
小さいほうは明るい黄みどり色で、ちょうどマヤルに背中を向けて立っており、首をそらして目の前の塔を見上げているので、頭のてっぺんがまっすぐこちらを向いているのだが、
「あれは……カエル?」
マヤルは首をかしげた。全体に扁平な菱形をした頭頂部は、離れた位置にきょろりとした丸い目玉がついていて、上を向いた鼻先がちょこんと尖っている。
「あれ?」
そう言って、大きい方の人影がマヤルを振り返ると、それは熊の顔をしていた。
「うわあ、【歌い手】がもうひとり来たよ」
舌足らずなしゃべり方からするとまだ子供の熊らしい。しかしフロックコートに色目の合ったズボンと、きちんとした格好をしている。
「え、どこ」
黄みどりのほうも振り返った。菱形に大きく開いたカエルの口の中からのぞいたのは、そばかすだらけの男の子の顔。
「わ……」
マヤルがどきりとしながらもう一度よく見てみると、カエルの顔は、男の子が着ている服のフードだった。男の子が頭を振ると、プラスチックの目玉の中の黒目がくるんと動く。
「やあ」
カエル少年が微笑みながら片手をあげた。さすがに水かきはない。
「ぼよぼよは見つかった?」
「う、ううん」
マヤルが戸惑いつつ首を振ると、少年はがっかりとため息をついた。
「そう。ボクの時代ももう、環境に配慮して、すぐに割れて分解されるタイプの風船しか飛ばしちゃいけなくなってね」
熊と残念そうに目を合わせる。
「ボクの夢がつながる時のあっちの空には、風船なんか引っかかってないよ。ぼよぼよは一層レアになっていくなあ」
「そうなの?」
マヤルはおそるおそる雲を踏み、おかしな二人組に近づいて行った。
「私の時代の風船はすぐに割れたりしないわよ」
マヤルが言うと、
「そう! じゃあ君の夢が来るときは、望みがあるね」
熊が嬉しそうに目を輝かせた。
マヤルは申し訳なさそうに熊を見つめた。
「うーん、でも最近は近所でお祭りなんかやってないの。それどころじゃないもの」
しょんぼりとつぶやいたマヤルに、少年がおやと首をかしげた。
「世界のどこかでは、やってるさ。そそっかしい誰かがきっとどこかで、お祭りでせっかく買った風船を空に放しちゃったりしてるはずだよ」
少年はいかにも自信ありげに言ったが、マヤルはぶるぶると首を振った。
「だって世界中で戦争なのよ」
「うわ、それは大変だね」