夢の歌
  
雲の果て(2)
しんあいなるティモシーへ


あなたを探して、ゆうべはずっと未来まで行きました。雲の中で、お別れしたはずのひきがえるさんに会いました。いいえ、人間に生まれ変わったひきがえるさんに会ったのだったかしら?よく覚えていません。目がくるくる動いて、色がきれいな黄みどり色になっていた気もします。カエルとして若返ったのかも知れません。


さいきんは夢の内容をあまりたくさんは覚えていられなくなっています。学校の勉強を始めたせいでしょうか。戦争なので授業は毎日はないのですが、勉強はたくさんしています。目が覚めているあいだ勉強のことを考えていると、夜眠るときに境い目の空がどんなだったか思い出しにくくなった気がします。ティモシーもそちらで学校に行っている? だから夢に来られないのかしら。返事が来ないので心配です。戦争だから手紙の配達も遅れているのかも知れないわね。


それより、夢の話よ。ひきがえるさん、いえ、ひきがえるさんのような人、に会った場所で、すごいものを見ました。とてもとても高い塔です。境い目の空の雲の平原を突き通って、ずっと上まで伸びて、まだ先があるんだと、その「人/カエル」さんが教えてくれました。


塔の周りに風が吹くと、そこが境い目の空と繋がって、塔の一部分だけが雲の中に来てしまうのだそうです。塔の途中だけが消えてしまうなんて大丈夫かしら? 折れてしまわないのかしら? それも説明してくれた気がしますが、覚えていません。ざんねん。


でもひとつだけ覚えています。その塔は私たちの島、セイロンに建っているんだそうです。ティモシー、きっと戦争は終わるわ。島にあんなものが作れる時代が来るんだもの。あんなに高くて大きなもの、私たち島の人間だけじゃ作れないわ。島の人も白人も、たみる人も皆で力を合わせるのよ。


だから夢であなたを探さなくても私たちは会えます。もう会えた気さえしています。どうしてか分からないけれど、目が覚めてからずっとそう確信できています。


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「マヤルの最初の手紙すら、読む前にティモシーは……
 グレッグは重い声で言いさしたまま、口をつぐんだ。


 顔をあげると、正面に座る老作家と目が合う。
「マヤルは、本当に夢で宇宙エレベーターを見たんでしょうか」
 グレッグは無意識のうちに、小さな子を愛しむような手つきで書類をなでていた。
「本とは違って、手紙でははっきり“セイロンにある塔”と書いている。塔が世界の紛争をなくす、というのも、宇宙エレベーターに当てはまるし、いや」
 最後にはひとりごとのようになって書類を見つめた。
「他の何か、伝説上の塔かも知れない。天に届くような塔、というのは、古今の神話に幾度も現れる概念だし」


 考えに沈んでいるグレッグを、マロリーは微笑みながら見守った。
「お母さまはどうだったんです? 夢でそんなものを見たと?」
 グレッグは軽く首をかしげた。
「いえ。聞いていませんが、ただ忘れただけかも?」
 数秒ほど記憶をたどり、肩をすくめる。
「子供の僕にお話をしてくれていた時だって、だいぶ記憶があやふやでしたからね。話すたびに内容が違ったりしましたし」


「お子さんを持つほどの年齢になっても、子供の頃の夢を覚えておられたなんて、素晴らしいお母さんですよ」
「ありがとうございます」
 グレッグは照れくさそうに笑顔を返した。
「記憶が鮮明だった若い頃は、よく考えないと実際の出来事かそうでないかの区別がつかなくて、ちょっと苦労したそうです。父は、すぐにふわふわ漂っていってしまう母を、地上に繋ぎとめておくのに苦労したとか」
 思いにふけりながら、クスリと笑った。
「母に言わせると、その父だって相当ぼんやりした人だったそうですがね。しつこく聞かされているうちに、父は自分もそんな夢を見たような気がしてきたなんて言い出して」


「あなたは?」
 マロリーがたずねるとグレッグは一瞬きょとんとしたが、優しいまなざしを書類に落とした。
「ええ、そうですね」


(“境い目の空”)
 マヤルの書いた文字の上を、指でなぞった。
「行ったような気がします。境い目の空へ」