雲の果て(20)
静まり返った雲の平原に、マヤルの言葉の残響が漂っていた。
「自分の足が踏んでいる場所……」
ジャックがぽつりと繰り返した。
「それ、ウチのおじいちゃんも言ってたよ。マイミにプロポーズするときに、そういう話をしたんだって」
「そう。きっと素敵なおじいちゃんね」
マヤルは落ち着いた声で答えたが、瞬きをすると、マヤルの視界は奇妙に震えてゆがんだ。
「マヤル、泣かないで」
熊が心配そうにつぶやくのを聞いて初めて、マヤルは頬に静かな涙がつたっていると知った。
悲しい訳ではなかった。ただ揺るぎない確信がマヤルの胸を刺していて、その痛みは耐えがたかった。
「分かったの。今の私がティモシーに会えた過去を知らないとしたら、それは私がそういう未来に、ティモシーに会えなかった未来にいるってことなんだわ」
「もし空がティモシーを呼んだとしたら、ティモシーは降りる時代を間違ったりしない。一緒にセイロンで遊んでいた頃の、ティモシーが十歳で死ぬなんてことを知らない頃の私を、ちゃんと見つけてくれたはずよ」
「私とティモシーが会うことは、境い目の空に許されなかったのよ」
改めて口に出してみると、冷酷で揺るぎないその結論は簡単に言葉になった。
「こんなに経ってしまってから、私が初めてティモシーを見つけるなんてことは、最初から無理だったのね」
「そんな、マヤル……諦めてしまうの?」
熊は腹立ちまぎれに鼻を鳴らした。
「許されないとかそんな、怖がらなくても、もう空に怪獣なんかいないって分かったんだよ?」
「いいえ。怪獣の存在は、無視できないわ」
マヤルが微笑むと、ころりと最後の涙がこぼれた。
「複雑に折り重なった世界の中で、ほんのわずかな者同士だけが、出会うことを許されるんだと思う……私はあなたたちとの出会いを、捨てちゃいけないのよ」
マヤルは足元の雲に腕を伸ばした。なでるようにふわりと手で払うと、白いもやが巻き上がった。
「この雲の中に長いこと溶けて……いろんな人たちを見たわ。一瞬顔を見ただけだったけど、歌い手も王国の人たちも、誰もみんな、どこかとっても懐かしい感じがした。きっとみんな私にとって、そこにいる意味がある人たちなんだわ」
「歌い手が、同じ歴史を持つ同じ王国へ降り立つことができていたとしたら、彼らには同じひとつづきの過去を共有する、何かの理由があるのよ」
ジャックがうなずいてつぶやいた。
「そうか。ボクはマイミの孫だから同じ王国へ来られたし、本を読んでここへ来た子たちが、ちゃんとマヤルと同じ王国に来てるのもそうだ」
「ジャック、私とあなたもよ」
マヤルはそう言ってまっすぐジャックを見た。
「こうして私たちが会うことは、きっと境い目の空に許されたのよ」