夢の歌
  
雲の果て(1)
 マヤルは雲の平原に寝そべって、じっと目を閉じました。


 夢の中で目を閉じるのは難しかったのですが、だんだんじょうずにできるようになっていました。
 そうして雲の中でじっとしていると、まるで雲の中に溶けていくような気分になれるのです。
 自分が雲の一部になって、そのうち雲のぜんぶになって、手を伸ばして地上をさぐると、大好きな王国があるのを感じます。
 そこに住む人たちのあいだに流れていく時間を、マヤルは雲の中から、文字どおり手に取るようにたどることができました。


「ティモシー、どこ?」
 マヤルは王国のあらゆる時間をさぐりながら、呼びかけました。
 人々を映し出したたくさんの絵が、目まぐるしく流れて行きましたが、そこにティモシーの姿はありません。いいえ、あまりにたくさんすぎて、マヤルは人々の顔を全部確かめられたかどうか、自信がなくなってきました。
「どうしよう、もっと先なのかしら。それとも戻ったほうがいいかしら」
 マヤルはどっちへ行くか決めかねて、雲の中で横になったまま、境い目の空をぐるぐる見渡してみました。


「あれは何?」
 マヤルはそう言って、もやもやとした雲を振り払いながら起きあがりました。
 遠くの方に、ものすごくまっすぐなものが見えます。とてもまっすぐで、どこまでも高く伸びています。
「あれはまさか……
 マヤルはじっと目を凝らして、まっすぐなものの正体を見きわめようとしました。境い目の空の雲の平原を突き通って現れた塔のような柱は、そのままずっと上まで伸びています。


「そうよ、あれは平和の塔だわ」
 夢から覚めた世界には、天にも届くような高い高い塔がありました。それを作るために皆が協力したので、世界から争いごとはなくなってしまったのです。だからその塔は“平和の塔”と呼ばれていました。
「誰かが夢で、塔をまるごと境い目の空に持ってきちゃったのかしら?」
 マヤルは首をひねって起き上がり、塔に向かって歩き出しました。


「あ、誰かいるわ」
 塔のすぐそばに、マヤルと同じように塔を見上げながら立っている人かげが見えました。ほっそりした人と、その向こうにももうひとり、ずんぐりした人がいます。マヤルはほっそりした方の人の髪の毛が、ハチミツみたいな金茶色をしていることに気がつきました。


「ティモシー!」
 マヤルが雲を蹴散らして走っていくと、
「こっちだよマヤル!」
 ティモシーもこちらに気づき、笑顔で手を振りました。


 マヤルはティモシーに飛びつき、ティモシーもマヤルをぎゅっと抱きしめました。
「ここで待ってたんだ。だってこんな目立つものがあったら、きっとマヤルも気がついて見に来るだろうと思ったからね」
「うん、うん」
 マヤルは嬉しくて何度もうなずきました。
「すぐにあれ? って思ったわ。これを夢で連れてきちゃったのは、ティモシーなの?」
 マヤルは笑顔ではちきれそうになりながら、目だけまんまるにして塔を見上げました。


「そうだよ。どうしてもマヤルに会いたかったんだ。目印にするには、世界で一番大きなものがいいって思ったの」
「塔が消えちゃって、あっちではみんなビックリしてるわよ! でも、すごくいい考えだったわね」
 マヤルはもう一度ティモシーを抱きしめました。そこへ、
「そうしてみたらどうだろうと、私が勧めたのだよ」
 近づいて声をかけたずんぐりした人は、なんとひきがえるでした。


「まあ! ひきがえるさん! どうしてまだ境い目の空にいるの?」
 マヤルが嬉しくて叫ぶと、ひきがえるはキョロリと目を回しました。
「いやまいった、もう一度カエルに生まれてしまったんだよ。どうも私には、一度では業罰が足りないらしい」
 そして、景気づけにグエッと鳴きました。
「さて、歌い手が同時に二人現れた。これは吉兆だ。さっそくお城に報告に行こう」


 そうしてマヤルとティモシーは、ひきがえるの後についてお城に行き、かわりばんこに歌を歌いました。聴衆のアンコールに応えて、次は同じ歌を一緒に歌いました。
 それでもアンコールが続いたので、今度は二人で違う歌をいっぺんに歌いました。それは不思議なほどぴったりと合わさったので、聞いている皆は思わず笑ってしまいました。


 しまいに歌うのにも飽きると、離れている間にあったものすごく面白い話をお互いにし合って、大変ゆかいに過ごしたということです。



『雲の果ての物語』(完)/さく・デヴィッド・マロリー