雲の果て(13)
「あ、ぼくわかった! こういうことじゃない?」
熊は誇らしげにジャックとマヤルを見比べた。
「ジャックにとって“マイミ”は、あくまで自分のおばあちゃんとしての姿なんだ」
「そうか」
ジャックも思い当たったように顔をあげた。
「王国にいる小さなマイミの姿と、ボクの頭の中のマイミのイメージは、絵として合致しないんだね」
熊が続けて息を吸い込んだが、ジャックがそのスキに割り込むほうが早かった。
「王国に来てABCの歌を歌ってる幼いマイミを、はっきり頭の中でイメージできないと、“同じ絵”だとは認識されないんだ。王国について知ってる他の部分がどんなに詳しくても、大人になったマイミのイメージが邪魔して、その時代からは弾かれちゃったわけか」
「うんまあ、小難しく言うとそう」
熊は面白くなさそうにあいづちを打った。
「マイミの小さい頃の写真も見たことはあるけど、ボクにとってマイミはやっぱり、びしっとしたスーツ姿だもんなあ」
つぶやいているジャックに、熊は鼻づらを突き出してみせた。
「ねえ、前から聞きたかったんだけど、どうして自分のおばあちゃんを“マイミ”って呼ぶのさ?」
「いいじゃんか。おじいちゃんはおじいちゃんだけど、マイミはマイミなの」
「へーんなの」
「やめろってば」
突っつき合う熊とジャックをよそに、マヤルはじっと考え込んでいた。
「だとすると……よかった。ティモシーなら、なおさら簡単に私を見つけられるんだわ。ティモシーは子供の私しか知らないんだもの」
ホッとため息をついて、マヤルは緊張をやわらげたが、ジャックは難しい顔で向き直った。
「そうだよ。さっきの話になるけど、境い目の空を夢に見るだけなら、本のイメージでしか君を知らない子たちにだってできたことなんだ。マヤルのことをよく知ってるティモシーにできないはずない。ということは」
ジャックは噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「やっぱりティモシーは、手紙を読んでないか、読んでも意味が分からなかったかして、大人になっちゃってるんだよ」
マヤルは雲の中をじっと見つめていた。
「ロンドンに引越ししてから、ティモシーから手紙の返事は来たの?」
マヤルは力なく首を振った。
「一通も? じゃあ、やっぱり……諦めたほうが」
マヤルは何も言い返せず、ただ黙り込んだ。
「マヤル、【歌い手】は皆、空に呼ばれてここに来るんだ」
熊がおずおずと進み出た。
「本を読んだだけの子たちがすぐに消えてしまったのも分かる。【境い目の空】のことを知らなくったって、【歌い手】はやって来るんだ。その子たちは、別に【歌い手】として【境い目の空】に呼ばれたわけじゃなかったんだよ。お話を聞いたからって、誰でも上手に夢を飛ばせるわけじゃないしね」
熊の後ろで、ジャックが深くうなずいた。
「そういえば、ボクのパパも子供の頃は同じお話で寝かし付けられてたみたいだけど、同じ夢に行ったなんて聞いてないなあ」
「ホラね。空に呼ばれたのは君だけなんだ」
ジャックは思い出したように少し笑った。
「パパはただのお話だと思ってたみたい。しかも構造がおかしい、とか言って論証を始めて、なかなか寝付かなかったって」
「でもティモシーなら、私の夢の話を、きっと信じてくれるわ!」
マヤルがほとんど悲鳴のように叫んだ。
ジャックは一瞬ひるんで口をつぐんだが、静かにうなずいた。
「うん。だからこそ、ティモシーがこんなに待っても境い目の空に現れないってことは、手紙を読んでいないってことなんじゃないかな」
ジャックを見つめ返しながら、マヤルは必死で息をあえがせた。
「じゃあ……じゃあ、ひきがえるさんの生まれ変わりは?」
小さな肩が震える。ジャックは冷静に首をかしげた。
「本の作者……大人になったティモシーか、そうじゃないどっかの誰かが、エンディングを幸せにしたくて、でっちあげたんじゃないかなあ。子供向けの本だから、そういうのは必要だと思うよ。たとえウソっぽくてもね」
「ねえねえ、ジャック、ちょっと言葉がキツくない?」
横から熊が声をかけた。
しかしジャックはキッパリと首を横に振る。
「もう気を使っていてもしょうがない。本当のことなんだから」
「マヤルが泣いちゃうでしょう。全く、だから子供同士は……」
「自分だって子供じゃんか」
「ね、マヤル、大丈夫」
熊はマヤルに自分のほうを向かせ、毛むくじゃらの両手で小さな肩をさすった。
「本を書いたのはティモシーじゃないどっかの誰かで、子供のティモシーは何通目かでやっと手紙の意味が分かって、まさに今日の夢でむささび時代に来ようとしてるのかも知れないじゃない!」
精一杯声を励まし、明るくうなずいてみせる。
「マヤルはむささび老にちょっと会って以来、どの時代にも降りていないんでしょう? 過去に戻って雲から降りて、そこで待ってみたらどうかな! これ、きっとうまく行くよ!」