夢の歌
  
雲の果て(12)
 いじけている熊は放っておいて、ジャックはマヤルに向き直った。
「聞いてマヤル。きっとこれ以上未来へ行っても、本の通りにはならない」


「どうしてよ?」
 マヤルは目元をこわばらせると、鋭く息を吸いこんだ。
「ずっとずっと未来なら、ひきがえるさんだって生まれ変わって、また境い目の空の見張りになってるかも知れないじゃない。そりゃ、ほとんどあり得ないような話だけど、絵空事みたいだけど、私は信じてみたい。ティモシーはその時代にいるのよ。そこで私たちは会えるのよ」
 だんだん早口になっていくマヤルを、ジャックは落ち着いてさえぎった。
「そうじゃないんだ。ティモシーがもしこっちへ来れるなら、きっともっと以前に君と会えてる」
「ええ? どういうこと?」
 熊も身を乗り出した。


 ジャックはマヤルをじっと見つめた。
「ティモシーへの手紙だけど、君はここのことを何て書いてあげたの?」
「私はひきがえるさんの時代より先にいますって。ひきがえるさんの時代より先を探してくださいってちゃんと書いたわ。雲とひとつになって時代を渡る方法も」
「うん。それは本と同じだ」
 ジャックはひとりで深くうなずく。


「きっとだからなんだよ。ひきがえる時代の次に、やたら歌い手の訪問が増えたっていうのは」
「あ、そうか!」
 熊がパン、と両手の肉球を打ち合わせた。
「みんな本でやり方を読んで、その通りにしたんだね!」


「でも……でも、ええと」
 マヤルは考えをまとめようと首を振った。
「そうだ、あなただってそうなんでしょう? 本で読んでここへ来たのに、どうしてあなたは他の子たちと同じ時代にいないのよ?」
 マヤルが詰め寄ると、ジャックは得意げに胸をそらした。
「ボクは本で読むより前に、マイミからここの話を聞いてたんだ。マイミってボクのおばあちゃん。昔、歌い手だったんだよ」
「そうなの?」
「『ABCのマイミ』だよ」
 熊が横から付け加えた。


「ボクがマイミから聞いたのは猫さんの時代の話で、だからボクが夢で降りたのも猫さんの時代だったんだ。ひきがえるさんの後のむささびさんの、そのまた後だよ」
 指を折って数えてから、そばかすだらけの鼻先をポリポリとかく。
「いったん猫さんの時代に降りたら、もう過去の王国へは遊びに行けないんだよね。ボクもひきがえるさんに会いたかったなあ」
 ジャックはため息をついて、カエル型のパジャマのフードをきゅっと引っ張った。


「ええと、じゃあ」
 マヤルはジャックを見つめた。
「あなたはおばあちゃんと同じ夢に来たってことよね? だったら、ここで子供時代のおばあちゃんに会えた?」
「え? ううん」
 ジャックは言われて初めて気づいた、というように首を振った。
「会えなかったよ。どうしてだろう? ボクが来たのは、もうマイミが来なくなった後の王国だったよ」


「あなたのおばあちゃんは、自分がいた時代のことを話したはずなのに。どうしてそれを聞いたあなたは同じ時代に降りられなかったのかしら……
 つぶやきながら、マヤルの瞳が不安に曇る。
「ティモシーも、私がいない時代にしか降りられないとしたら? そうよ、本で私と同じ時代のことを読んだ他の子たちだって来てるのに、その中の誰も“あ、マヤルだね”なんて言って、目の前に現れたりしなかった」
 マヤルはおびえた表情で、雲の平原を見渡した。
「どうしよう。ひきがえるさんも知らないそういう決まりがあったのかしら? 境い目の空には……