夢の歌
  
雲の果て(11)
 マヤルは熊の早口のおしゃべりを慌ててさえぎった。
「その、たくさん来た子たちの中に、ティモシーって名前の子がいなかったのは確かなの?」
 熊は深くうなずいてみせた。
「ティムでもティミーでも?」
 ジャックが横から首を伸ばして念を押した。
「歌い手には小さい子が多いから、略称を名乗ることも多いんだよね?」


「うん」
 熊はてきぱきと請け合った。
「ここじゃどんな幼い【歌い手】も、難しい単語をスラスラ話せるようになるけど、名前ばっかりは翻訳できないからね。周囲が自分を呼ぶ呼び名がそのまま発音される」
 マヤルはこくりとうなずいた。
「ティモシーは、周りからもティモシーって呼ばれてたわ」
「なら確かだよ」


 マヤルは改めて考え込んだ。
「むささびさん……私、きっとむささびさんには会ってるわ。ひきがえるさんを探しに雲から降りて」
 記憶をたどりながら、ゆっくりとまばたきする。
「お城へ行きましょうって言われたけど、振り切って沼へ行ったの」
「沼?」
「ひきがえる師を探しに? 見つかった?」
 マヤルは首を振った。
「普通のカエルは何匹かいたけど、どれがひきがえるさんかは分からなかったわ。悲しくて、そのまま目が覚めたの」


「それからは、ずっと未来を探してるの? 王国へは一度も降りずに?」
 熊はまたとがめるような口調になっていた。
「ええ」
「マヤルらしき【歌い手】に、伝言を伝え損ねたって、むささび老による補足があったよ」
 腰に両手をあて、ぐっと背筋を伸ばしてみせる。
「『ハチミツ色のマヤルへの伝言』は、長いあいだ最優先事項になってたの。王国では、きっと皆が君を待っていたんだよ」


「だって、私……
 マヤルは口ごもった。
「お城に行こうよ。マヤル」
 ジャックがとりなすように話しかけた。
「ボク、君に会えて嬉しいよ。王国ではこの熊しか子供の友だちがいなくて、つまらなかったんだ」
「熊しかいなくてごめんねーだ」
 ふん、と鼻を鳴らした熊を指さし、ジャックは笑った。
「こうやってすぐふくれるの。ボクはジャックだよ。マヤル、一緒にお城で歌おう。ボク、君の本が大好きなんだ」


「そうだわ、ねえ」
 マヤルはジャックに向き直った。
「その本のこと、もうちょっと聞かせて。最後はどうなってるの?」
「え、最後? うーん」
 うつむいてしまったジャックを、マヤルは下からのぞきこんだ。
「未来を探すヒントにならないかと思うの」
「うん、でもちょっと」
「さっきも教えてくれなかったわね。何か……悪いこと?」
 言いながら、マヤルの唇が震えている。ジャックは慌てて片手を振った。
「違うんだ。本のラストは、子供のボクから見てもちょっと……絵空事っぽいなあって。ハッピーエンドなんだけどね」
「絵空事? いいから教えて」


 ジャックは気乗りしない様子でのろのろと腕を組んだ。
「ティモシーは、大きな塔のそばでマヤルを待っていて、二人はそこでやっと会うことが出来たの」
 マヤルは顔を輝かせ、雲の平原をひらりと振り返った。
「じゃあ、会えるんじゃない! この塔が現れている時を、しらみつぶしに見ていけば!」


「待って、待って」
 今にも駆け出しそうなマヤルを、ジャックが慌てて引き止めた。
「マヤル、そのシーンでは、ひきがえるさんも出てくるんだ」
「ひきがえるさんが?」
「へえ」
 隣で熊が声をあげたが、ジャックは首を横に振った。
「生まれ変わった、とか言って。ね、ウソっぽくない?」


「うーん」
 マヤルは難しい顔で考え込んだ。
「この先そんなことも起こるのかも知れない。未来のことだもん、分かんないわ」


「だよね、そうだよね」
 熊はわくわくした顔でうなずいている。
「ひきがえる師の生まれ変わりになら、ぼく会いたいなあ」


「まったくミーハーなんだから」
 ジャックは厳しい目つきで熊をちらりと見た。
 熊は嬉しそうに両手を広げ、
「だって、いろんな口承をまとめた大賢者なんだよ。色々話を聞きたいじゃん」
 ジャックはふんと言って肩をすくめた。
「もし実際にいたとしたってそいつが前世のことを覚えてるわけないだろう? 新たに生まれ変わったんだから」
「あ、そうか」
「あと、君はどうしたって会えないよ。空の見張りの獣は一度に一匹だし、君たちは雲に溶けて時間を渡ることができないでしょ」
 とどめをさされて熊はしょんぼりと足元を見つめ、片足で雲の中をかきまわした。