夢の歌
  
天の架け橋(6)
「これを」
 マロリーは薄い書類ばさみを差し出した。
「あとがきに書いた経緯は、少し詳細をはしょったものでしてね。知り合いの子供が話してくれた、というのは」
 グレッグは書類ばさみを開いた。茶色く変色した紙の上に、ぶかっこうなアルファベットが一面に並んでいる。
「これは……手紙ですか?」
「そう。自分の見た夢がえんえんと綴ってあるんですよ」
 愛しそうに言いながら、マロリーは向かいのソファーから心持ち伸び上がり、グレッグの手元を見つめている。


「古いもののようですね」
「原本は傷みがひどくなっていまして、それはオリジナルの書面を撮影して、文字が鮮明になるよう陰影を調整したものです」
 グレッグはまじまじと書面に見入った。
「作中に …… 宇宙エレベーターが出てくるから、私も妻も、てっきりあれは現代の子供の見た夢だとばかり思っていました」
 マロリーはにこにこと首を横に振り続けている。
「ではあの童話は、夢を見た子供が生きた時代もすべて、この手紙と同じくらい古いものなんですね?」
 マロリーがうなずいた。
「ロケット時代よりも以前ですよ」
 グレッグは小さくため息をついた。
「それは……大したものだ、よく残っていましたね」


「しん……あい、なる、ティモシーへ」
 グレッグは書き出しを読み上げた。たどたどしい筆致ながら、ブロック体のひと文字ひと文字には、「i 」のドットや「t 」の横棒が、注意深く書き込んである。マロリーが、可愛くて仕方ないという顔で、うんうんとうなずいた。
「小さな子の書いたものですからね。単語のつづり間違いも多いですし、表現も分かりづらいのですが、それでも断片的に、この子が夢で見たものが鮮明に伝わってくる箇所がある。こんなアイデアは、私には逆立ちしたって思いつけません。これを本にできただけで、私は満足なのですよ」


「だから、もう続きはお書きにならないと?」
 グレッグが見つめると、マロリーはちょっと肩をすくめた。
「手紙の内容は、あの本一冊ぶんで終わりですから」
「しかし、同じ設定を使って独自の続編を書かれてもいいのでは?」
「いやいや」
 老作家は首を横に振った。
「私の下手な想像力ではかえって一作目を台無しにしかねない。そういうことってあるでしょう? あれはあのままで完璧なんだ」
 うっとりと言ったマロリーはまるで、崇拝する美女について語る初心な青年のように頬を染めている。


「ふーむ」
 曖昧にうなって、グレッグはもう一度書面に目を落とした。陰影が強調された画像からは、緊張した筆圧までが読み取れる。少しずつ読み進んで、ぎこちない文体やスペルミスの癖にも慣れてくると、書き手の意図がすんなり伝わってくる場所が、だんだん増え始めた。
 頭の中の青空に、子供服のスカートがひるがえった。
「ああ、ひきがえるとの出会いのシーンだ」
 目の前に、雲の平野がひらけていくような気がしていた。



天の架け橋編■おわり