天の架け橋(5)
「無理をお願いしまして、すみませんでした」
グレッグは通された居間で、もう一度謝った。
「お忙しかったようですね」
言いながら、グレッグは開け放されている仕切り扉を気づかわしげに見やった。居間と続き部屋とを隔てる扉の向こう、あるじの仕事場とおぼしき室内は、古めかしい装丁の分厚い本やデータディスクなど、積み上げられた資料であふれ返っている。
「いやいや、あそこはいつもあんな有様ですよ。お恥ずかしい」
老齢の童話作家は、自分で整えたらしい茶器を手際よく並べながら、隣室との仕切り扉のほうにアゴをしゃくってみせた。
「あの扉を閉められればいいのですが。どうにもモノを積み上げすぎてしまってね」
「私もですよ。資料は増え始めるとキリがなくて」
グレッグは同業者らしい理解を示して微笑み、趣味のいいティーカップを受け取った。
「あ……サクルトンさんも物を書かれるのでしたね」
作家はすまなそうに肩をすくめた。
「あいにくSF小説はよく知らんのですよ」
グレッグは軽く片手をあげた。
「お気になさらず。私などまだまだ駆け出しですから」
「売れっ子だとは聞きましたよ」
グレッグの謙遜を、親子ほども年の離れた彼が、礼儀正しく受ける。
「私はまあ、長くやっているのが取り柄のようなもので」
そう言って自嘲気味に微笑んだので、グレッグのほうもまた恐縮することになった。
グレッグの作家としての地位は実際のところ、会ったこともない、しかも畑ちがいの先輩作家に紹介してほしい、と、担当編集者にツテを当たってもらうくらいの我がままが通せるほどには、高いものであった。
「お電話で伺った話では、お子さんが私の最新作を気に入ってくれているそうですな?」
「そうなんです。マロリーさん」
グレッグは本題を切り出そうと身を乗り出したが、マロリーは重いため息をついた。
「あれは毛色が変わっていて人目を引いたのか、ちょっとばかり当たりましてね。似た感じのを次々書けと編集者がせっついて来て、困っとるんですよ」
「分かります」
ジャンルは違えど、主人公が毎回同じような試練に見舞われるシリーズものが人気を呼んでいるグレッグとしては、大いに共感できる話である。
「そういつも、同じテイストの話ばかり書けるものじゃないですよね」
しかし、マロリーは首を横に振った。
「そういうことではなく。あれは……」
静かにカップを置く。
「あれはもう書かないつもりでおるんです。いや、書けないと言ったほうがいいか」