夢の歌
  
天の架け橋(4)
「グレッグに聞いたんですけど、前にも似たようなことがあったんですって? 全然関係ないところから、マイミの夢とそっくりの話が出たとか」
「ああ。サー・コンラッド、私が大変世話になった人なのだがね」
「ええ、財団創始者の」
 うなずいて、トビーは少し遠い目になった。


「歩行訓練用の低重力ルームは『雲の散歩道』という愛称なのだが、それを聞いたマイミが、“自分がよく見た夢のなかの情景のようだ”という話をしてね。そうしたら」
 説明があとさきになるなあ、と苦笑しながら、トビーは続けた。
「財団トップとして施設に愛称をつけたのはサー・コンラッドなんだがね。『雲の散歩道』は、卿の若くして亡くなったお嬢さんの思い出から名づけられたそうなんだ。お嬢さんはマイミのように“夢で見た”と言っていたんじゃなく、タイトルを思い出せない童話かアニメのあらすじだと話していたそうだが。私も命名の由来を聞いたのはそのときが初めてだったので、驚いたよ」


「不思議なこともあるものねえ」
 エレンは窓から外の景色に目を向けた。
「本のほうにはね、トビー。宇宙エレベーターらしきものも登場するんですよ」
 ヤシの木に囲まれた庭の向こう、ゆったりとした住宅街が続くゆるやかな丘を下った先には、真っ青な海が広がっている。その真ん中、南国の青い眺望をくっきりと左右に分けて、揺るぎない直線が天空へ走っていた。


「ほう。暑い国の少女だというなら、赤道ちかくかな? かなり間近で見えているのかも知れないね。どっちのエレベーターかな。こちらかなあ、地球の裏側の、二号機のほうかなあ」
 トビーも窓を仰ぎ、そびえ立つ白い塔をまぶしそうに見つめた。その威容は見つめるほどにますます大きく目の前に迫ってきたが、宇宙エレベーターの地上側の基点、リニアシャトル発着所は、見かけより遥か遠く、洋上に浮かぶ人工の浮島の上にあるのだった。


「トビー、さすがにマイミのお話には宇宙エレベーターまでは出て来なかったですよね?」
 エレンの言葉に、トビーは笑いながら首を横に振った。
「それはないね。彼女の子供の頃といえば、宇宙エレベーターの青写真はまだ一部の科学者にしか知られていなかったろうし」
「もし見ていたら、すごい予知夢だわ。グレッグならどう論破するかしら?」
「うーん、まあ当時だって、SFもどきのような完成予想図ならあっただろうからね。夢に見たとすればそれだろう」


「親子して夢のないこと」
 エレンはがっくりとうなだれてみせた。
「ま、宇宙エレベーター初号機と言えば、サクルトン家では夢物語ではなく、のろけ話の舞台と決まってますけどね」
 エレンが言うと、トビーは照れくさそうに肩をすくめた。
「何度も聞かせてうんざりさせたかな?」
「あら、最高にロマンチックですわ。地球を見下ろしながらプロポーズなんて」
 トビーとエレンはまた空を見上げた。
 床に座ったジャックも彼らの視線の先を追い、かたわらの猫も、
「にゃあ」
 水の皿から顔をあげた。


 天へ続く塔は、赤道の陽光を受けて、鮮やかに輝いていた。