夢の歌
  
天の架け橋(3)
「さあ、初めてのお家ではどうするんだっけ? おじいちゃんに教えてあげて」
 エレンがとりなすように言った。
「お水をあげて、静かにたんけんさせてあげる」
「よくできました」
 エレンは冷蔵庫をあけ、中から水のボトルを取り出した。
「そうだトビー。最近見つけた本にね、そっくりのがあるんですよ。もしかしてご覧になりました?」
「いや、そっくりって、何と?」
「書評で紹介されてた童話なんですけどね。マイミのお話と所々がそっくりだったもんだから、嬉しくて買ったのよね」
 話しながら、エレンは大きな布のバッグから猫用の浅皿を出す。
「雲を渡って王国を訪れる女の子に、歌が大好きな街の人。服を着ておしゃべりできる、案内役の獣」
「ほう、確かに似ているね」
「案内役は、その本では猫じゃなくてカエルなんですけど」
「ひきがえるさんだよ、ママ」
「そうね」


 エレンは浅皿に水を満たし、ジャックのそばに差し出した。
「マイミは、あれは子供の頃に見た夢の記憶だと言っていたでしょう?」
 トビーがうなずく。
「その本もね、知り合いの小さな子が、最近よく見るんだと言って作者に話した夢の内容を、元にしてるんですって」
「へえ。マイミと同じ日本の子?」
「ええと、どこか暑い国の子でしたわ。作者はイギリス人でしたけど」
「ふうん」
 エレンは目をキラキラさせている。
「そっくりな夢を見たなんて、その子はなにかマイミと共通の体験をしたのかしらね?」
 トビーは首をひねった。
「南国に知り合いがいるなんて聞いてないがなあ。会ったこともない子と共通の体験って、一体どんな?」
「ええと、同じ物語を読んだとか?」
「でもそれをまた本にしたんじゃ、盗作になってしまわないかい?」
「あら、グレッグと同じようなことおっしゃるのね。さすが親子」
 エレンは呆れたように小さく笑った。


 トビーはううむとうなって考え込み、
「お、こうも考えられるぞ」
 クスリと笑った。
「マイミが実は子供のころからそのひきがえるの童話を愛読していて、似たような夢を見た。つまり、おばあちゃんのタネ本が見つかっちまったわけだ」
 エレンはきっぱりと首を横に振った。
「それはないですわ、トビー。だってカエルのほうの本は、ついさいきん出版されたものなんですよ」
「そうなのか」
「ママ。カエルじゃなくて、ひきがえるさん」
 エレンはジャックの髪を指でくるくると巻いた。
「マイミはこの子にだけじゃなく、グレッグにも子供の頃からそのお話をしてあげていたんですもんね」


 トビーはうなずいた。
「そうそう。グレッグはませた子だったからムキになってね。マイミもあやふやな記憶で話すものだから、話すたびに内容がちょっとずつ違うんだ。あの子はあちこち矛盾を突付いては、そんなのはシリーズものとしても成り立たないと言って」
 エレンもくすくす笑った。
「子供の頃からプロットのアラ探しをしてたんですね、彼」
「物書きでやっていくなら、根性が曲がってるくらいで調度いい」


「ママとおじいちゃん、パパの悪口言ってる」
 ジャックが床から大人たちを見上げた。かたわらでは、猫が静かに水の皿をなめている。
「違う違う」
 トビーは笑顔で言った。
「ジャックのパパは、学校の先生よりも、SF作家のほうが向いているって話さ」
・マユミとトビーの息子:グレッグ
・グレッグの妻:エレン
・グレッグとエレンの息子:ジャック