夢の歌
  
天の架け橋(2)
 三人はキッチンに入った。
 広々としたスペースの向こうに大きな窓があり、庭のあちこちに植わったヤシの木が見える。屋外のまぶしい陽光は真上からふりそそいで室内へは射しこまず、家の中はひんやりとしていた。


「ノルテか。いい名前だね。どういう意味なんだい?」
 トビーがたずねると、ジャックは途端に目を輝かせた。
「あのね、時間にね、そんざいして、一緒にね、たいけんするんだよ」
 興奮で言葉が押し合いへし合いしている。
「ええ? なんなの?」
「お話に出てくる猫なんですけど」
 エレンは目をぐるりと回した。
「自分で続きを考えてるらしくて、なんのことだかサッパリ」
「だからね、一緒の時間にずっといられるからノルテなの」
「うんうん、だからノルテなのね。しっかり前見て」
 エレンはケージに手を添えた。仔猫自体の重さは軽いものだったが、大きなケージの中で落ち着かないのか、仔猫が身じろぎするたび、重心が危なっかしく傾く。
「ホラ、マイミのベッドタイムストーリーでそんなお話があったでしょう。あれなんです」
「ああ、オレンジのシマ猫が出てくるのがあったっけ。フロックコートを着て二本足で歩いて。おや」
 トビーは首をかしげた。
「あの猫に名前があったかなあ。ただ“猫”とだけ呼ばれていたのではなかった?」
「ええ。“猫さん”ね」
「そうそう。名前をつけるのは禁じられているんだ」
 ふと言葉を切って、トビーは夢見るような顔になった。
「彼らに特定の名をつけてしまったら、止まっていた時間が動き出して、その名を持った存在としての一生が始まってしまう。獣の短い寿命では、よくお役目が果たせない」
 スラスラと言ってみせると、
「そうそれ!」
「その通りですわ、トビー!」
 ジャックとエレンが笑顔を弾けさせた。
「ふふ、結構覚えているもんだ」
 トビーは懐かしそうに笑い、キッチンカウンターに買い物袋をおろした。
「この話はマイミからさんざん聞かされたからなあ」


「それでね、さあ大変。ジャックは名前をつけちゃったんですよ、禁じられてるのに」
 エレンがからかうように言うと、ジャックはぶんぶんと首を横に振った。
「違うよ。猫さんはおやくめが終わってね、普通の猫になるの。お城の飼い猫になるからね、もう名前をつけてもいいんだ」
 トビーは袋の中身を仕分けする手を止めて、目を丸くした。
「すごいな、ジャックはパパよりもプロットづくりの才能があるぞ」
「作ったんじゃないもん。ほんとうだもん」
「いや、ごめんごめん。素敵なお話だねって意味だよ」
 ジャックは少しむくれてしゃがみこみ、水平を保とうと四苦八苦しながら、床にケージを降ろした。