夢の歌
  
番外編・ガールトーク(2)
 画像の送信が終了し、ニナは立ち上がってのびをした。
「とにかく、あんたのほうも早く仕上げなさいよ」
 ぶらぶらと歩いてマユミのラップトップをのぞき込むと、原稿書式をたちあげている画面は、ちっとも埋まっていない。
「なあに? レコーダーのメモリーまるまる喋ってて、記事のとっかかりのひとつも無いなんてどういうこと……あら、たたき台は出来てるじゃないの」
 マユミの手元から、びっしり書き込まれた手書きメモを取り上げる。
「あ、ちょっと」
「なにコレ……オールドムービーファン。笑うとかわいい」
「かか、返して返して」
「照れるともっとかわいい。かわいいくせ毛」
 マユミはメモを取り返そうと追いすがるが、リーチの長いニナにはひらりとかわされてしまう。
「かわいいしか書いてないじゃないの。あんた本当に記者?」
「ま、まずは相手の印象をスケッチするんだってば。これから膨らませるの」


 ニナは見下ろしたマユミの頭を、メモパッドでぽんぽんと叩いた。
「じゃ、もうちょっとましな形容詞を膨らましなさい。エーゴの辞書、貸したげようか?」
「ソフト持ってる。ありがとう」
 マユミは赤い顔で切り返しながら、頭のうえのメモを取り返した。


 ニナはまたドサリとソファーに身を投げ出した。
「しかし、あんたがああいう趣味だとはねえ。いくつだっけ?」
「三十七。でも若く見えるわよね。結婚歴もないの」
「そんなことまで書いてあるの? 財団資料って」
 ニナは目を丸くしてマユミの膝のうえのパンフレットを見つめた。マユミは首を横に振った。
「本人が言ってた」
「だからあんたらは、インタビューで何の話を」
 ニナは頭を抱える。マユミは楽しげに肩をすくめた。
「ちょっといろいろ脱線したのよ。子供のころの話とか、ペットの話とか」
「すごいわ、ペットの話から自然に結婚歴を聞き出す。おじょうさん、あんたいつの間にそんな成長したの」
「やめてよ」
「そのテクニック教えて。弟子にしてください」
 ニナはソファーからすべり降りて両手を広げ、じゅうたんに膝まづいた。
「どうか、師匠」
 じゅうたんの上を膝立ちで歩み寄り、両手をもみしぼって訴える。マユミは顔をそむけ、尊大な身ぶりでニナをしりぞけた。
「自分より背の高い女は弟子にしない」
「ああ、大女にも恋のてほどきを。恋愛師匠」


 ひとしきり大笑いしてから、ニナはマユミに向き直った。
「近くで写真を撮ってたときに、はたから見た感じだけどさあ。あの人、あんたの話をまったく聞いてないわよ」
「そう?」
「いつ日本に帰るんですか、なんて言ったりして」
 ニナの言葉にマユミもうなずいた。
「そうなのよ。私が日本の支社から来てて、この取材のあとすぐ日本へ帰ると思ってたみたい」
「で、里帰りのことだと思ったあんたが、年に一度くらいですけどって答えて。てんで かみ合ってないの。笑っちゃった」
 ニナは今もおかしそうに笑っている。
「いいじゃない。そのあとすぐに話が通じたでしょう」
「あれで通じなかったら通訳が必要だわ」
 ニナの皮肉にはとりあわず、マユミはクスリと笑みをもらした。
「あとね、挨拶したすぐあとで私のこと、ミフネさんでしたっけ? だって」
「名前を間違えられて、なに幸せ感じてんの」


 マユミはため息をついて、ソファの背もたれに寄りかかった。
「私、ひと目ボレされた気がする」
 ニナは雄弁に沈黙してから、
「私には逆のように見えますが、師匠」
 重々しくつぶやいた。
「んー、そうとも言う」
 マユミはまた写真を眺めている。
 ニナは真面目くさってアゴをつきだした。
「記事が早くあがれば、写真のサイズトリミングが同時に済むのですが」
「先やっといてもらっていいよ」
「はっは」
 ニナは呆れてソファーから立ち上がった。伸びをしながら窓に歩み寄り、四角いガラス面をげんなりと眺める。
「ああ、高速の通信回線が優先的に使えるのはいいけど、窓からの眺めは最悪ね、報道に割り振られる部屋は。上のバーで宇宙エレベーターでも眺めてくるわ」
 ハンガーからスーツをはずしていったん着込んだが、ふと思い直してジャケットを脱いだ。
「ねえ、あんたの貸して。ヘソが出てちょうど決まる」
「いいけど」
 マユミは自分のキャミソールをするりと脱ぎ、ニナに投げた。髪をまとめていたピンがはずれて落ちたのを、拾ってまた適当に押し込む。
「ニナ、バーで有名人に声をかけられたら、プレスで来てる者だって先にちゃんと名乗るのよ」


 ニナはブラのストラップを取り外してから、ぐいぐいと谷間を寄せている。
「そんな内規はないからいいの」
「内規じゃなくて、エチケットでしょ」
「お堅いな〜、師匠」
 ニナは着ていたバスローブをばさりと広げ、マユミにかぶせるように投げると、
「カギは持ってくから。あんたは缶詰めよ。ニヤニヤしてないで、原稿仕上げなさい」
 ドアのすきまからマユミに釘をさし、部屋を出て行った。
(トビー37歳 マユミ25歳 ニナ31歳)