番外編・ガールトーク(1)
「マイミ、ちょっと、おじょうさん」
マユミは顔をあげ、部屋の向こうにいる声の主をぼんやりと見た。
小テーブルに置いたラップトップで顔はほとんど隠れているが、モニター画面のうえからは、同行カメラマンのニナの批判的なまなざしがのぞいている。
「いつまで眺めてんのよ、それ」
マユミが手に持っているのは薄い携帯端末プレートで、トランプカード大の板面のほとんどを占めるモニター画面の下に、十字キーなどのごくあっさりしたコマンドボタンが並んでいる。
「ちょっと見てただけじゃない」
「顔がずっと笑ってるのよ。気味が悪い」
アフリカ系のニナは、褐色の長い素足をひとりがけ用ソファのひじ置きに投げ出した。深くもたれかかりながら、目の前のモニター画面を見守っている。ニナのマシンからは、今日撮影したばかりの何十枚もの写真が、次々と本社に送信されていた。
「だって、このときおかしかったのよ。トビーったら」
マユミの携帯端末の上には、パーティ会場のスナップ写真が映し出されている。被写体の男性は、自分が撮られていることをまったく意識していない様子で、フレームの外にいるらしき背の低い相手に向って、しきりになにかを語りかけている。
「ハイハイ。インタビュアーのあんたを、お茶に誘ってくれたのね」
「そうなの。ちょうどニナが写真を撮ってくれてたなんて。嬉しい」
ニナは送信画面を見守りながら、頭を振った。
「インタビュー終了のときの挨拶で、ツーショットも撮ったじゃないのさ」
「それも、もちろんもらうけど」
言いながらマユミはまた端末を見つめ、顔がひとりでに緩んでいる。ニナはため息をついた。
「おじょうさん、報道パスを持って撮影した写真を、紙面掲載以外の目的でやりとりするのは内規違反でねー」
「だから、画像データを直接はもらってないじゃないの」
「へ理屈を……」
マユミが持っている画像には、周りの部分に枠が写りこんでいる。画像をチェックしているニナの作業画面を、モニターごと私物のカメラで撮影したせいだ。
「これを売ってお金もうけをしなきゃいいんでしょ?」
ニナはキッパリと首を振った。
「違反は違反。有名人も集まるパーティだったんだから、そういうのバレたら問題になるかも知れないよ」
「そう? そんなに色んな人が来てた? 誰?」
「あんたね」
ニナは呆れてソファに座りなおした。
「宇宙ステーションに登れる特典つきなのよ、富豪だの女優だのが競って寄付してんのよ」
「へえ」
「あんた、今日なにを取材したの」
「そりゃ、財団の歴史とか、ステーションの設備とかよ」
ニナの目つきがまた鋭くなる。
「ステーションの設備であんたが取材できたのは、コーヒーつきの展望室だけなんじゃないの?」
「展望室でインタビューしながら、ちゃんと他の設備の説明も受けました」
「あーそー」
ニナはまたごろりとソファーに倒れこんだ。バスローブの下は、今日のジャケット下とショーツだけというくつろいだ格好だ。前がはだけると、カットソーの深い襟ぐりが露わになる。
「でも、そんな大物ぞろいのパーティにしては、ドレスコードが略装だったわね」
マユミが言うと、ニナは頭のうしろにクッションを差し込みながら答えた。
「見学ツアーも込みだからよ。無重力ルームでふわふわするのに、胸や肩の出たピチピチのタイトドレスじゃ危ないでしょ」
ああ、とマユミは軽く首をあお向けた。
「そうか。女性が正式のドレスじゃないなら、男性もタキシードじゃないわけね。似合いそうなんだけどなあ」
端末を目の前にかざし、目をすがめながらつぶやく。明らかに画像の中のトビーに、想像上のタキシードを着せている。
「ダメだわ、ありゃ……」
ニナは処置なしと言った表情で、目玉をぐるりと回した。