夢の歌
  
永劫の歌(9)
 また、永劫のときが過ぎていった。
 小さな人々はその数を増やし、勝手勝手に花園で遊ぶようになった。
 草の下に積もっている星のかけらを取り出しては、塔のように積んで高さを競う者たちもいた。
 時おり高く積みすぎた塔がガラガラと崩れたが、それは、花園ができる以前に精霊が悩まされていた音よりも、ずっと耳障りな音だった。


 永劫の精霊は、次第に小さな人々に我慢ができなくなった。
「小さな人々よ、我が目の届くところから消え去れ」
 精霊はうなるような声で命じて、大きく片手を振り上げた。


 するとたちまち強い風が起き、あぶなっかしく積まれていた塔は、あっと言う間に崩れ落ちた。
 小さな人々は悲鳴をあげながら、なるたけ精霊から離れた場所を目指して逃げていった。


 静けさを取り戻した花園に、ちりちりちり、と、花の触れ合うかすかな音が響いた。
「はて、星は落ちてきていないのに、一体なにが花園を揺らしているのか」
 精霊がのぞきこむと、生い茂った草の中へ逃げ込んだ小さな人がひとり、花にすがりながらぶるぶると震えていた。


 自分そっくりの姿でおびえきっている小さな人を見て、精霊はとても気の毒になった。
「悪いことをした。私の力は、二度と小さな人々のうえには使わないことにしよう」
 精霊はふと考え事に戻って言った。
「この大地に命じて、小さなことを行うしかできない私の力というものは、なんと無力なのだ。そもそものはじまりは、抗いようもなく落ちてくるあの星々なのに、私の力では星に“流れるな”と命じることができない」
 精霊の力は、外の世界のものに対しては無力なのだった。


「限られた存在の無力さ。それが私の、永劫のときをかけて没頭していた考え事だった。しかしどうだ、力を大きく広く及ぼそうとするほど、ますます私の力は限られていく」
 精霊が頭を抱えていると、
「旦那さま、旦那さま」
 花の下から、小さな人が震えながら話しかけた。
「あなたさまは、抗いようもなく降ってくる星に対して、草を芽吹かせ、花を望み、種を守って、力を尽くされました。こうして花園のあるじとなられたのもすべて、あなたさまが星に対して、流れる永劫のときに対して、無力であられたからに、他ならないのでございます」


 精霊は小さな人をじっと見つめた。
「そういう風には考えなかった。しかしお前の言う通りだ」
 精霊は身をかがめて、小さな人を手招きした。
「私はこれからも無力であろうと思う。お前たちと同じくらいに」
 そう言って精霊は、大いなる永劫の姿を取るのをやめ、小さな人々と同じくらい小さく姿を変えた。そして花の下で震えていた小さな人をめとり、永劫に比べては短すぎる小さな人の一生を、共に生きた。


■■■

 ヤールシタは貴賓席でじっと息をこらしていた。舞台から届くかがり火を受けて、父王の横顔がくっきりと輪郭を際立たせている。
「息子よ、お前は……
 王が一心に舞台を見守るなか、演目は佳境を迎えている。語り手たちがさまざまな音域でラストの群唱を叫び交わし始めた。
「父上」
「お前は、わしに聞かせようとこれを? 口上では、王太子の口添えによる新解釈、とか言っておったが」
 うるんだ目を舞台のうえに奪われたまま、王は震える手を伸ばして少年の手を握った。群唱は力強く続く。


「無力なる花園のあるじ」
「力及ばぬ明日へなおも踏み出すは」
「小さな姿の小さな歩み」


「母上が亡くなったのを、ご自分のせいだと責めておられますね。いろいろと気ままな愛称で名を呼んだせいだと」
 舞台の熱狂にあおられながら、声の震えを抑えもせずに、ヤールシタはしっかりと父の手を握り返した。
「あなたはただの花園のあるじだ。人の生き死にになんか、責任があろうはずもない」
「愛しい息子よ、リシーの残した宝」
 王は片手で口元をつかみながら、嗚咽に身をゆだねた。
「話したいことがたくさんあるのだ、どれから始めてよいか分からぬ」
 ヤールシタの黒い瞳に、火あかりの反射が金色に踊った。
「ゆっくりお聞きします。時間はたっぷりあるのだから。永劫とまでいかなくとも」