夢の歌
  
永劫の歌(10)
 公演は無事終了し、即席の野外舞台は大喝采に包まれた。


「いや、素晴らしかった! 素晴らしかった!」
 ステージ脇から猫が飛び出す。
「永劫のときが、世界のはじまりが、本当に目の前にありました! まさにノルテ!」


 アリスも貴賓席で立ち上がり、夢中で喝采を送った。
「ああ、あなた! 素晴らしかったわ! どんな言葉もこれを説明できないわ!」
「よかった、気に入ってくれて」
 アリスは震える指で涙をぬぐっては激しく手を叩き、また涙をぬぐった。
「あなたは子供のころにも見ているのね。初めて見たときは泣いてしまわなかった?」
「そう、泣いてはいたが、別のことでね」
 アリスは熱狂する観客とともに拍手を続けながら、王さまの言葉を聞き漏らすまいと身を寄せる。王さまは歓声にまぎれるようにして、アリスの耳元に囁いた。
「公演自体は失敗だったんだよ」


 目を丸くしているアリスを、王さまはさらに引き寄せた。
「出よう」
「え? だって」
「会わせたい人がいる」
「一座の人たちにねぎらいの言葉をかけてあげなくていいの?」
 王さまはチラとステージを見やった。
「またあとでいいさ。今は猫が盛り上げているし」
「さー! 神話の世界をよみがえらせた一座の皆さんを、改めてご紹介しますよ!」
 猫はどの踊り手にも負けないくらいの派手ないでたちで、一座の面々がズラリと並んだ舞台の上を、芝居気たっぷりに横切っていく。
「まずは踊り手、主導ソリスト四人組のかしら、ドニア嬢!」
 会場がわあっという歓声に割れるなか、王さまとアリスはそっと貴賓席を離れた。


 歓声を遠くに聞きながら庭園に向かうと、車寄せに王都の関所の記章をつけた馬車が止まっている。侍従に付き添われて控えていた役人に、王さまは息せききって歩み寄った。
「捕まえたか?」
「ご案内してございます」
「ではしばらく人ばらいだ」
 役人は深々とお辞儀をして馬車のほうへ去って行った。侍従たちも、
「庭園から内へは誰も入れるなと衛兵に告げよ」
 てきぱきと散らばる。


 庭園の中でも園遊会などの大きな催しを行う一帯は、植え込みも花壇もしつらえられておらず、ただ見晴らしのよい芝生が広がっている。その真ん中、月光に照らされてぽつんと建ったあずまやに、人影が動いた。
「やっと捕まえた」
 王さまはアリスの手を引きながらつぶやいた。
 あずまやの奥で人影が立ち上がる。王さまは軽やかに石段を駆けのぼり、あずまやの階段の途中で、出てきた長身の男と、しっかりと抱き合った。


「舞台の成功を見届けたら、お前は自分だけで、そっと王都を出るつもりだったのだろう?」
「昔は私が追う立場だったが、逆になったな」
 王さまは体を離して、相手のがっしりした肩に手をかけた。
「老けたな、おい」
「旅ぐらしだ、仕方ない。お前は変わらんな」
「成長していないと言いたいのだな」
 互いにくさし合うやりとりも、抑えきれない喜びの光に彩られている。
「そら、そうやって混ぜっかえすところなぞ、まったく昔のままだ」
「アリス、紹介しよう」
 王さまは笑顔を輝かせて振り返った。
「七歳から十三歳までという扱いにくい時期に、私のお守り役を押し付けられていた、ついていない男だ」
「最後は逃げ出しましたよ」
「アリスですわ、カレンタムさま」
 アリスの差し出した手を、エストブは両手で押し頂いた。
「どうかエストブと。今ではこれの父親の姓を名乗っています」
 エストブが階段のうえを振り返ると、あずまやの奥から、ほっそりした女性が進み出た。


「ウージー、元気だったかい」
「ああ」
 ウージーは両手を顔にあてて、さめざめと涙を流していた。
「ご立派になられました」
 王さまが懐かしそうに微笑む。
「我々がキャンキャン言いながらつまらないケンカをしていると、彼女にぴしゃりとやられたもんだ」
「水をぶっかけられたこともあったなあ」
「まあ」
 アリスが片手を口に当てる。
「コップですよ、コップの水です、王妃さま」
 ウージーはしゃくりあげながらも、必死に両手を振った。
「やんちゃな剣士さんたちだったのでしょうね」
「もう手に負えなくて」


「我々は昔は、双子か兄弟のようだと言われていたのだよ」
 王さまがくるりと体を入れ替え、エストブと肩を並べて立ってみせた。アリスは首を振った。
「髪の色は近いけれど……あなたたちはそんなに似てないわ」
 エストブもかたわらの王さまをしみじみと眺める。
「昔は四六時中いっしょにいましたから。話し方も笑い方も、そっくりになってしまったのでしょうね」
「特に私は背伸びをしたい年頃だったから、お前の言い回しや仕草を、なにかにつけ真似ていた」
「お、認めるのか」
 エストブが拳で王さまの肩を軽くこづくと、
「大人になったからな」
 王さまもニヤリとして拳骨を返す。


「でもそれだけじゃない。エストブ、私たちは本当に血がつながっていたんだ」