夢の歌
  
永劫の歌(7)
「まあま、ヤールシタ殿下」
「殿下、ごきげんよう」
 城門を出て、ヤールシタはやっと歩をゆるめた。石畳の道を歩いていくと、領民たちが口々に声をかけてくる。供も連れない外出は、ヤールシタには珍しいことではなかった。


「殿下、むささび老がお役目を解かれたそうで」
「森に帰ってしまったのですとか。寂しくなりますな」
「ああ。空の新しい見張りは猫になったよ」
 気さくな王太子の言葉に、人々は嬉しそうにうなずいた。
「ええ、よくしゃべるおかしなやつでした」
「なんだ、もう会ったのか」
「今、そこの仕立て屋に来てるんですよ。あ、出てきた」
 皆がくすくすと笑いながら指さした一角に、小さな看板をあげた店が見え、店主がうやうやしく開けた扉から、おさまりかえった顔つきの猫が現れた。


「あ、王太子殿下」
 こちらに気がつくと、猫は小走りに近寄ってきた。当然二本足で。
「またまたお目にかかれるとは」
「お前、王宮御用達の仕立て屋に行かなかったのか?」
 すでに王太子と親しいらしい猫の様子をうらやましそうに見ながら、人々は遠慮がちに散会していった。


「あの人たち、プライドが高くて。断わられました」
 ヤールシタは歩き出しながら、不審そうに眉をあげた。
「獣の服を仕立てるのを嫌がったと? しかし、【境い目の空】のお使いはどこでも歓迎されるはずだぞ」
「歓迎はしてくれたんですがね。サイズは子供服でよかろうなんて言って、まともな採寸をしてくれないんですよ」
 話しながら、猫はピリピリとヒゲを震わせている。
「まったく奴ら、猫の体のラインを分かってない。袖やらエリやらにおかしな引きつれが寄ったものなんか、恥ずかしくって着て歩けないじゃないですか、ねえ?」
「おい、袖にエリ? マントではないのか?」
 驚いた様子のヤールシタに、猫は当然といった顔でうそぶいた。
「ジャケットにシャツにズボンに、まるまる一式ですよ。ちゃんと王宮にお許しもいただきました」
「それはそれは……ずいぶんこだわりがあるようだな」
「こっちはただでさえ人目を引くんです。それなりの格好をしていないと」
 大真面目な猫の言葉に笑いをこらえつつ、ヤールシタはさらに首をかしげた。
「しかし、だとすると断わったのは向こうではなく、お前ではないのか?」
「いいえ、向こうですよ。ちょっと着心地に注文をつけたら、もう他所へ行ってくれって」
「お前のちょっとが、彼らにはかなりうるさかったのだろうよ」
 猫は不満顔で首を振った。
「そうでしょうか。あの小さな仕立て屋のほうが、よほど良い仕事をするのですよ。仔猫の頃から見ていたんですがね」
「へえ、それはお前の服が仕上がるのが楽しみだな」


 石畳の道の曲がり角まで来ると、ヤールシタは片手をあげた。
「ではな。【境い目の空】がつながったら、私にも教えてくれ」
「お任せください」
 早くも板についてきたらしいお辞儀をして別れてから、猫はちょっと立ち止まった。
「あの、殿下」
 先を急ぎながらヤールシタが振り返る。
「さっきは間違えてすみませんでした」


 ヤールシタはふと考えてから肩をすくめた。
「いいさ。初対面の者に、エストブに似てると言われなかったのは久しぶりだ」