夢の歌
  
永劫の歌(2)
「これが台本?」
「そうだよ」
 古びた冊子をもう一度パラパラとめくっているアリスを、書架のはしごに腰掛けながら、王さまは笑みをうかべて見守った。
「でも……これってほとんど永劫の精霊のひとり語りよね。あんなにたくさんの役者が必要なの? 小さな人々の役がよほど多いのかしら」
「役者というと、ひとりひとりがそれぞれ登場人物の名前を名乗って言葉をしゃべる、ということかい?」
 冊子を広げているアリスの腰に、王さまは腕をまわした。
「アリス、我々にとってそれは禁忌にあたるんだよ」
「まあ」
 王さまはアリスを引き寄せて、そのまま片方の膝のうえに座らせた。
「王が即位と同時に以前の名を捨てることは話したね。ひとつの名を捨てて別の名に替わるということは、生き方を替えるということなんだ。なんの覚悟もなく、仮面をあれこれ取り替えるように名を取り替えては、その人物に悪いさわりがあるとされている……
 ふと口をつぐんで、王さまの意識はそのままどこか遠くをさまよい始めたが、
「ふうん」
 アリスは気づかず、ページを丹念に眺めている。
「演技で役名を名乗ったり、呼ばれて返事をしたりすることは、名を取り替えて別の人生を生きるってことになるのね。そこがお芝居の妙味なのだけどなあ」


「あ、ああ」
 すぐに我に返って王さまも手元のページを眺めた。
「私もそういうのを一度見てみたいね。残念だ」
 アリスがページから顔をあげる。
「ねえ、じゃあここでは一体どうやってこれを上演しているの? 星とベルフラワーのお話は、ノルテの人気の演目なんでしょう?」


「うん、踊り手が星の流れる様子や花園の情景を描写しているところに、語り手たちが群唱してストーリーを合わせるんだ。一度見てみればわかるよ」
 アリスはまだ首をひねっている。
「バレエと朗読劇が混じったみたいな感じかしら?」
「まあ、楽しみにしておいで。ノルテという言葉にはもともと、存在するとか、経験するとかいう意味がある。舞台のうえに“あるとき”を再現して、そのなかに観客が存在し、そのまま体験することを目的とした芸術だとでも言おうか」


「神話の世界を追体験できるのね……ああ、説明されても想像もつかないわ」
 アリスはため息をついた。
「ふふ、あとは見てのお楽しみだ」
 王さまはもう一度冊子に目を落とし、ゆっくりとページをめくった。
「なつかしいなあ……