夢の歌
  
永劫の歌(15)
「お二人の結婚式のようすは、王国のどこでも耳にすることができましたよ」
 ベンチに座り直し、エストブは改めて月光の庭園を見回した。
「宴では、この大庭園いっぱいに招待客が集まったのだろう?壮観だったろうな」
「儀式のときの奇跡も語り草ですわ」
 涙のあとを光らせながら、ウージーも身を乗り出した。
「陛下が命じると、森からあらゆる種類の鳥がいっせいに飛んできて、それぞれくわえてきた小枝を祭壇の火にくべると、甘い香りが一帯にあふれかえったとか」
「そうそう、それから王妃を馬車に乗せて新郎に届ける役をやったのは、あの猫なんだって?」


「ああ」
 王さまはアリスと目を見交わして頬をゆるませた。
「苦肉の策さ。アリスの親代わりの役をするのは自分だと、家臣たちがもめて、もめて」
「【歌い手】としてここへ来ていた頃は、孫や姪のように可愛がってもらったから」
 アリスの肩に、王さまがふわりと腕をまわした。
「可愛い孫を奪ったものだから、私は皆に恨まれているんだ」
「私のほうこそ、急に大きくなって戻ってきてしまって、皆をガッカリさせたかしらね」
 アリスがおどけて笑う。
「とんでもない」
 エストブはベンチの上でぐっと背筋をのばした。
「国王を憂鬱症から引っ張りあげ、結婚までしてくださった救国の【歌い手】は、我ら王国民の英雄ですよ。失礼ながらうちの座長は、これをノルテに仕立てられないかと思案中で」
「まあ、楽しみだわ」
 アリスは弾んだ声をあげて手を打ち合わせた。


「信仰王の時代とは違って、最近は民衆の好みも幅広くなってきているから……もちろんおとぎ話仕立てにして、名前も普通名詞を使うし」
 不安げに見守りながら言葉を重ねるエストブに、王さまは片手をあげて微笑んだ。
「エストブ、自由に使ってくれていいんだ。我々の結婚はお前のおかげでもあるんだから」
「どういうことだ? 私は何も……
「お前の手紙だよ」


 王さまは、ふところから一枚の折りたたんだ紙を取り出した。
「あの公演の日、父の長い話を聞いて明け方部屋に戻ったら、マルテクに貸した写本が届いていて、ページのあいだにこれがはさんであった」
 アリスの手を取って手紙を渡す。アリスは戸惑いながら、
「読んでもいいの?」
「エストブ、いいだろう?」
「御意のままに。何を書いたっけな」
「ウージーにも聞かせてやりたい。アリス、声に出して読んでくれ」
 アリスは手紙を開いた。立ち上がりかけた王さまを制してウージーがランプを取り、エストブにこよりを渡す。エストブはすみに置かれた陶器の壷を開け、中の炭にこよりを押し当て、ランプに火を入れた。
 アリスが手紙を灯にかざすと、年月を経てインクの色はあせていたが、何かから破り取ったような紙切れの裏表には、丁寧な力強い文字がきちんと並んでいた。


「親愛なるヤールシタ殿下


このように突然、務めを放り出す不心得を、どうかお許しください。これを書いているのは舞台の後片付けが終わろうとする夜明け前、一座の者は休みを取るよりいち早く城下を出たいと、支度を急いでいます。さっきまで、私はただ次の街まで彼らの護衛を買って出ただけのつもりでおりました。しかし彼女と離れることはどうしてもできないと分かり、こうしておひまをいただく許しも得ないまま、勝手なお別れの手紙を書いています。


あなたは責任感の強いかただから、公演の失敗を自分の渡した写本のせいだと考えるかも知れない。しかし、マルテクも言っていましたが、あれは付け焼き刃の演出がテーマをうまくさばけなかったせいであって、各地で試演を積み、作品がもう少し練れたら、そのときはきっと満場の喝采を勝ち取れるはずのノルテです。王の膝元で王の無力を謳い上げるというひねったテーマを、いかにして観客にまっすぐ手渡すか、マルテクは今から新しいプランを立てるのに夢中になっています。


終幕後、客席は静まり返ってしまったが、貴賓席から王が率先して拍手をくださり、じきじきの不興のお言葉はなかったので、一座が暴徒に襲われるなどという心配はなかろうと思いますが、しおたれた一行は道中で盗賊に遭っても抵抗せずに全財産を渡してしまうのではないかというほどで、信じられるかい? 片づけをしながらあのウージーが手放しで泣き始めると、踊り手も、語り手も、裏方も、皆してわんわんと泣き出したんだ。いちずに芸術を愛する子供のような一座の皆を、私は心から愛しいと思っています。そして、彼らの目指す道をはばむものから、皆を守ってやりたい。私にはそれができると思えるのです。


私は父や兄たちのように、辺境開拓地の難しい勢力バランスをさばく器量もないし、宮仕えでも、王太子であるあなたに、悪い影響ばかり与えてしまった気がします。大した努力もせずに途中で放り出す私が、何を言っても言い訳にしかならないけれど、ヤールシタ、自分に備わった小さな能力のどれかが、誰かにとって必要であると、確かに信じていられるのは、なんという喜びだろう。あなたにもいつの日か、このような喜びが訪れますように」