夢の歌
  
永劫の歌(13)
 エストブもウージーも、開拓地のいきさつは子供の頃から聞いて知っている。アリスは初めて聞く王国の歴史に、熱心に耳を傾けた。
「結局、開拓事業に出資をした割合によって、貴族たちにも土地を配分することに決まった。現地では貴族の小作人と自由な開拓民とが共存することになり、行政は常に緊張をはらんでいた。開拓地が半自治領としてスムーズに動き出したのも、カレンタムどのが、まだ何もかも白紙の状態の現地で、警察機関として手腕を発揮してくれたおかげなのだよ」


「自治を認めた土地に、王国の武人を駐屯させたの?」
 アリスは首をかしげた。
「それでは実質的な支配と変わらないのじゃない?」
「いや」
 王さまは首を振った。
「カレンタム家は全くの自由民として開拓に参加したんだ。貴族勢力に対抗できるほど組織だった兵力は、まだ開拓民のがわには成立していなかったから、カレンタムの騎士たちは大いに頼りにされたそうだよ」
「父は……もしかしてそのときに、信仰王から秘密を打ち明けられたのだろうか?」
 エストブが片手でひたいを探りながらつぶやいた。
「だから一族をあげて辺境への移住を?」


 王さまは静かにエストブを見つめた。
「そう。父王はそのとき、まだ老女官の告白しか聞いていなかった。辺境での儀式の失敗で、自分の王としての血統は、決定的に否定されたと思いこんだんだ。とっさの判断で切り抜けたものの、これから儀式のたびに領地を解放して回るわけにもいかない。譲位するしか道はないと、カレンタムどのに相談したのだそうだ」
「そうだったのか……
 エストブはじっと目の前の石の床を見つめている。


「しかし王都に帰還すると力は戻り、告解聴聞僧の話を聞いて、父はこう考えるようになった。開拓地に王の奇跡を現すことができなかったのは、あそこが人の手で作った人工的な土地だからかも知れない、と。王国創生のはじめからの約定に照らせば、水に覆われたその地は、きっと人が住むための土地ではないのだろうからね」
 じっとうつむいて聞いていたアリスが、ふとつぶやいた。
「王の力が及ばない場所……。だからキューダンソーの地は、王国の正式名のなかで区別されているの?」
 王さまは少し首をかしげた。
「いや、開拓地の解放は、今でもただ信仰王の徳政のひとつ、ということになっているよ。不可侵を明言しているわけではない。貴族との共存もあって開拓地は王国から完全に独立するまでには至らなかったが、しかしイデラ本国から切り離して考えるのがスジである、ということで、以来国王は“キューダンソーとイデラの王”を名乗ることになったんだ」
 アリスは深くうなずいた。
「ご自分のひと言で国名が変わることになったのだから、信仰王陛下は悩まれたでしょうね」
「そう。父が自分の血統に疑いを持っていたその時だったから、開拓地は解放されることになったのだ。王としての自分に自信があれば、すぐにこれは土地のほうに問題があるのだなと、思い至ったはずだからね」


「それだけに、カレンタムどのの尽力は、この上ない支えとなったんだ」
 エストブはベンチの上で前かがみになり、ガックリと頭を抱えた。
「なんということだ。父は身代を投げ打って、実の兄の治世を支えたというのに、私は、兄弟として接してくださったあなたに、大変な不忠を……
 王さまはエストブの肩にそっと手を置いた。
「エストブ、もういいんだ。父王には、私があの公演を利用して、父に気持ちを伝えるような回りくどいことをしなければ、一座が不名誉をこうむることにはならなかったとお話した。そうしたら父は、お前を一座と行かせてやるべきだ、いや、息子の不始末を、替わりにエストブにつぐなってもらいたいのだと、カレンタムどのを説得してくださったんだよ」


 エストブはうつむいて口元を引き結んだ。
「マルテクには、迎えが来たら帰れとずっと言われていた。結局迎えは来なかったが、認めてもらうまでに何年もかかった。腰をすえてマルテクと対決できたのも、お前と信仰王陛下の口添えのおかげだったのだな。しかし …… 父も私にひと言言ってくれていれば、私は」
 エストブはこぶしを握り、もう片方の手でぐっと包み込む。
「ウージーと別れて、私のお守りに徹してくれたと? いらんよ、そんなもの」
「彼女を連れて王都に帰ったってよかった」
「一番の踊り手、一座の宝を奪って? それではなお悪いぞ。誰も幸せにならない」