夢の歌
  
永劫の歌(11)
 王さまの言葉にも、エストブはただぽかんとしている。
「やはり、何も知らされていないのだな」
「なんと……なにを言っているんだ、ヤールシュ」
 王さまは軽く片手をあげ、微笑みながら首を振った。
「幼名の、そのまた略称で呼びかけられても、返事はできないぞ」


「あ、ああ……国王陛下。しかし、では私の母と先代国王が…? それともお前の母君と私の父?」
「そうではない。そんな秘密があったのなら、父がお前の母君に、私の乳母の役を任せたりするはずなかろう?」
「た、確かにそうだ。では……?」
「異母兄弟という秘密を抱えていたのは、私の父、先代国王である信仰王と、お前の父、シプログ・カレンタムどのなのだ」
 エストブもウージーも小さく息を吐いたまま、なにも言葉が出ない。
「つまり我々は、子供のころ冗談でそう言われていたような、兄弟という間柄ではなく、従兄弟どうしだったのだよ」
「そんな」
 ようやくひと声搾り出すと、エストブは堰をきったようにしゃべり出した。
「どういうことなんだ、もっと分かるように話してくれ。誰からそれを聞いた? いつ? 他に誰が知っているんだ?」
「落ち着け、まあ座ろう」
 王さまはあずまやの中の、石のベンチを指し示した。固いベンチには、侍従の気遣いか、クッションがたっぷり敷き詰めてある。
「順を追って話すから」


「私の祖母、先々代の王妃と、カレンタムの将軍、エストブ、お前のおじいさんは、密かに愛し合っていたそうだ。ただひとり密通の事実を知っていた王妃づきの老女官が、死の床で我が父にだけ告白した。祖父は酒ずきで、酔っ払うと記憶がぽっかり抜け落ちる悪い癖があったそうだが、そのあたりをうまく言いくるめてごまかし通したらしい。我が父が国王の血を継いでいないことを知る者は、祖母とその女官以外なく、相手の将軍にさえ伝えずに終わったそうだ。さて、悩んだすえ父上は、王座を下りようと決心したが、譲位についてエストブの父君に相談するうち、とうとう真相を話してしまった。しかし真実を知ってもカレンタムどのは、自分がせいいっぱい王政を支えるからと、懸命に父を引き止めたという。


 当時の政情はいちおう安定していたが、王太子に次ぐ王位継承者たちの力関係は、互いに拮抗していた。ことが公になれば、もちろん私の継承権は消滅するし、信仰王に近い血筋の順に決まっていた継承順位も、白紙に戻る。次の国王の戴冠がすんなりいかないことは明白で、空位が長く続けば、戦争だって起こりうる。君主として、武人として、二人はそれだけは避けたかったのだ。


 どんな拍子で真相が漏れ出ないとも限らない。父たちは、協力して秘密の保持に努めた。それまでにも、二人の姿が似ていると指摘されたことが度々あったので、それ以後、我が父はたっぷりとヒゲをたくわえ、背中を丸めてふるまい、カレンタムどのは顔にきれいにカミソリをあて、髪も短く刈り込んだうえ、常に背筋をのばして歩いた。どちらにとっても、かぶった仮面がいつの間にか、生来のありかただったようになっていったそうだ」


「待ってくれ」
 エストブは首を振りながらさえぎった。
「あり得ない。信仰王は、確かに国王の息子だ。私はこの目でみた。いろいろな不思議を……
 王さまは深くうなずいた。
「そう。正統の王たる証は、なによりその言葉の力だ」
 エストブは食い入るように見つめる。
「お前だってそうだ。新国王の戴冠式は、とどこおりなく行われたと聞いたぞ。国王は儀式のたびごとに不思議を起こして、永劫の精霊の威光を示す必要がある。まさか、何か仕掛けを使って皆の目をあざむいて」
 王さまはひょいと眉をあげた。
「侍従か誰かにこっそり協力させて? うん。おばあさまも、王の力をきっとそんな程度に考えていたのだろうな。無宗教だったと聞くあのかたらしいことだ」
「しかし、しゃべる獣のことはどうなる? いやいや、どんなからくりを使ってもあれだけはダメだ。王妃の考え違いということはないか? それとも、単にその老女官の世迷言では」
 エストブはしゃべりながらどんどん混乱していく。


 王さまは指をあげてエストブをさえぎった。
「父も、初めはそのように疑ってもいたらしい。しかし、あるときおばあさまの告解聴聞僧に会う機会があり、かまをかけてみたところ、父も事実を聞かされていたと誤解した僧は、話をあっさり認めた」
「そうか……父親が確かな裏づけもなしに、息子にそんな話をするはずがないものな」
 エストブはふうっと息を吐いた。
「しかし、先々代王妃は告解を受けておられたのか。無宗教とは言え、亡くなる前にはやはり信仰に頼られたのかな」
 王さまは小さく笑みを浮かべ、目を伏せた。
「そうかも知れないが、私は……おばあさまはただ、聖職者を相手に思い出話をして、穏やかな気持ちで人生を振り返られただけのような気がする」
「そんな重大な秘密を? そうだとすると、なかなか……神経の太いおかただな」
「うん、まったくその通りの女性だったらしいんだ」
 王さまは、まるで自分のことを褒められたように、嬉しそうに笑った。