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シルバースプーンレイク(4)

 盛り上がったおしゃべりの反動で、ちょっと照れくさい沈黙が落ちた。
「ああ、昨日のことみたいだ」
 一番にしゃべり出すのは決まってこらえ性のない息子だ。
「あのうちに、坊やみたいな顔をした秘書がいましてね。借用書にサインしているあいだも、すごい目つきで僕をにらんでいたっけ。ひと目で見破られたかと縮み上がったもんだ」
「あら、あれを作ったのはストームクラウドを作ったのと同じ職人ですよ。百年も前の。それと分かって目印のきざみを確かめなければ、どっちがどっちか分からないはずだけど?」
 デレクは少し黙ってから、結局母親の意見に同意した。
「そうでしたね。保険なんかなかった時代は、高価な宝飾品は必ずイミテーションを作って、そっちを身に着けていたくらいだったんだから、精巧なものだった。そういえば」
 ふと思い出して笑う。
「あの秘書は大抵ぶすっとしていたな。きっと、単に僕のことが好かなかったんでしょう」
「あら、デレク。お前はそうと望めば、誰だって好きにさせてしまいますよ」
 夫人は甘やかすように微笑んだ。普段はあまりまっすぐな愛情表現をしないたちだったが、懐かしい話をして気持ちが浮き立っていた。水晶としてはよい石だったのでイミテーションも金に換え、手元にあるのは青灰色の記憶だけなのだ。
「そうですともお母さん。今日も村の雑貨屋で、ヒゲの店主に僕の抗いがたい魅力を行使してきましたよ」
 いきなり話題を変えるのは、自分に会話の主導権があることを確認せずにいられない嘘つき特有の習性だ。
「たまりにたまったツケにもかかわらず、追加の石炭を配達していってくれたようですね。燃料小屋に、デンと木箱が鎮座してた」
 夫人がおやと顔をあげる。
「お前、台所の裏口から帰ってきたの? どうりで物音に気づかないはずだわ」
「ちょっと、料理用のストーブにあたってきたんですよ。ここの暖炉よりよほど景気よく燃えてるから」
 ペラペラとまくしたてながら、デレクは上着の袖を見てギクリとした。厚地のツイードに白い粉が点々と散っている。
 そういえば、粉をこねている途中だったっけ。このぶんではきっと背中にも派手に手形がついてるぞ、レオニーのやつめ …… かわいいんだから。デレクは勢いよく立ち上がるついでに袖から粉を払い落とした。
「さあて、善は急げ。モントリオールも雪がまだだといいですがね」
「まあ、さっそく旅の手配にかかってくれるの?」
「そうですよ。おまかせあれ」
 両親に背中を見せないよう自然に後ずさりながら、デレクはふと、モントリオールのホテル王に独身の娘がいたかどうか、ゴルフ仲間に聞いておけばよかったと考えた。
 だって、もし青ダイヤの相続人に、自分の抗いがたい魅力を行使できたら …… 見事に追いかけっこの輪が閉じる。美しい光景じゃないか。あるべきものが、あるべき場所へ。夢想の中でデレクは、ホテル王の独身の娘の存在を、すでに強く信じていた。
 自分と同じく、銀のスプーンをくわえて生まれてきた子供。僕のスプーンは霜がついて曇ってしまったが、ときどき妻の口からちょっとひとさじ拝借することができれば、何も問題はない。そうじゃないか?


 デレクは窓から見える細長い湖をにらみつけ、勝ち誇ったように笑った。
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