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ムーンライトマーマレード(5)

 ミセス・オルグレンはソファーにまっすぐ腰かけていた。
 モウブリー家ではみな彼女を“カズン(従姉妹の)・ケイト”と呼ぶのだけど、誰にとっての従姉妹なのか、正確なところは誰も知らない。
 パパとママ、そして私が、いかにも力なくヘニャリと座りこんでいるのを、彼女は厳しく眺め渡した。
「私は初めから信用していませんでしたよ。外国人なんて」
 意味が分かりませんという顔ばかりで、ミセス・オルグレンはいらいらと片手を振った。
「ほらあの、遺産をもらって外国に行った」
「ピーターなら、紹介状はちゃんとしとりました」
 パパがクッションに向かってうなる。ミセス・オルグレンは高々と頭を上げた。
「紹介状なんてあてになりますか。二年もうちにいたのに、外国人だったなんて初耳だったじゃありませんか」
「ピーターに遺産をのこした人が、外国に住んでいたというだけですよ。彼はイギリス人です」
「でしょうとも」
 自説があっさり否定されても彼女の自信は揺るがない。というか初めから自説なんかない。
「私はいつも言っていますよ。外国にかかわりのあるイギリス人ほどうさんくさいものはないってね」
 とにかくぶうぶう言いたいだけなのだ。
「では私の正体もお疑いでしょうね。うちの投資先には、海外の株も多いから」
 とパパ。
 正体といえば、誰のどういう従姉妹なのか、誰にたずねても答えが違うミセス・オルグレンのほうがパパよりよほど正体不明なのだが、ご当人はつんとおさまりかえっていた。
「外国の血は流れていないなんて、みんなあの男の言葉だけでしょう。何か証明できますの?」
「おっしゃるとおり、彼の言葉だけだ」
「そんな風に簡単に人を信じるべきではなかったわねえ」
 信じるというより、あまりに堂々としていてあえてたずねられないという場合もある。ミスター・オルグレンという人は一体いつ亡くなったのか。そもそも一度でもこの世に存在した人なのか。
「あなたがたがのんきに出かけているあいだ、いくらでも書斎をかぎまわることができたでしょうからね。秘書なんだから」
「いいえ、カズン・ケイト」
 パパはむっつりしながらいちいち付き合ってやる。
「金庫の番号は彼にも教えていないし、私の言いつけておいた仕事がちゃんと仕上げてありました。留守のあいだ、金庫におかしな細工をするヒマなどなかったはずだ」
「何です、その仕事って」
 ぶうぶう言うにも念入りな人だ。簡単に人を信じる男の血を引く私は、夜遅くまでかかる仕事なんて、私に会うための口実だくらいに思っていた。
「バーナビー家との付き合いで、どこまで財産が目減りするものか、あらゆる場合の試算です。こうやってちまちまと借金を申し込まれるよりは、思い切ってがばっと資産分与したほうがいいのか、いい気になってデレクが使いこまないよう、クレアが将来生む子供しか手をつけられないような、信託財産を別に作っておくべきか」
 また何とも寒々としたテーマでそろばんをはじかされていたものだ。秘書も楽じゃない。
「そんなもの、何の証拠にもなりません」
 ピーターの連夜のデスクワークも、ミセス・オルグレンはあっさり一蹴した。
「だがね、ピーターは食料庫の窓のことなんて知らんはずですよ」
「分かるものですか。メイドの誰かをたらしこんだりしたんでしょう。ああいうようすのいい男は、油断がなりませんよ」
 つまりピーターは、彼女の好みのタイプなのだ。私はちょっとだけミセス・オルグレンが好きになった。ほんの一瞬だけ。
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