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ムーンライトマーマレード(6)

 ミセス・オルグレンはますます絶好調だ。自説が固まってきたらしい。
「新聞を読んでいれば、いろんなことが分かります。クビにされたメイドや下男は、邸内の見取り図や金庫の場所なんかを、盗賊に売るんだそうですよ」
「ピーターはクビにしたわけじゃない」
 パパの忍耐も尽きた。ぴしゃっと言われてびっくりすると、ミセス・オルグレンはしばらく黙る。
「腹立たしいのはバーナビーだ」
 ストームクラウドの盗難保険契約を請け負っていた保険会社は、支払いを拒否したそうだ。保険の対象物品を不用意に他人に貸与したというので、今回の件は契約外事項にあたるのだとか。
 バーナビー家がうちに言って寄こした内容は、あっさりしたものだった。 ―― 家宝を持ち出せるは当方の不始末なれば、盗難被害の不成立を甘受するものなり。担保品の紛失ははなはだ遺憾である。以上草々。被害届けは涙を飲んで取り下げてやるとのお言葉だ。
「これ ―― うちがダイヤをだまし取ったことになってしまいますの?」
 お貴族さまの吐く毒は分かりづらくて、善良なママは首をひねっている。
「貸したお金はどうなるのかしら」
「踏み倒す気だろう。被害を受けたのはそもそもどっちだというところからして、論点をずらしておられるのさ。すましたアナグマ野郎め」
 市民階級の悪態は分かりやすい。ママも乗ってきた。
「担保品の紛失などなかったでしょうと言って、イミテーションを叩き返せばどう?」
「あれだけの金を貸すのに、担保品の鑑定を怠ったんだ。裁判を起こしたってこちらの不手際だったと言われるのがオチだろうな」
「裁判? 品の悪い。スキャンダルを抑えるほうがよほど重要ですよ。ああいう方々は名誉を重んじるものです」
 意外に早く復活したミセス・オルグレンだったが、皮肉をすっかり理解したママが立ち上がった。
「名誉ですって? この上なく巧妙で卑劣じゃありませんか、泥棒にうちを引っ掻き回させて、鑑定士を呼ばせて!」
 ミセス・オルグレンは気圧されてしまった時の癖で、こめかみ辺りの髪をそっと整えている。
「バーナビー家はずいぶんお金に困っていたんだわ。こんな回りくどいやり口で保険金をせしめようと …… あの私、おかしなことを言ってます?」
 パパも一緒になってこめかみを整えていた。
「いや、なかなか …… 面白い推理だがね。しかし、こんな風にみずから宝石を持ち出したような状況で保険金はおりないことは、彼らも分かっていたはずだよ」
「あらそう」
 ママは少しがっかりしている。パパはちょっと笑ってから、またため息をついた。
「そんなややこしいことをせずとも、クレアを妻に迎えて、うちを一生の金づるにしたほうがいい。実際こちらもそのつもりで、鑑定もせずあんな内々の融資に応じたのだから」
「そうね。嫌な言い方だけれど」
 パパは私を見た。
「クレア、許してくれるかい。パパは目がさめたよ。今度のことは皆 ―― 私のせいだ」
「いいえ、ママがいけないの」
 ママがそばへ来て私の手を取った。
「お前が子爵夫人になれたらどんなに素敵かしらと、つい夢を見てしまったんだわ」
 夢を見るのは悪いことじゃない。誰が悪いといって、一番悪いのは泥棒なんだ。
「ママたち、もう無理強いはしない。将来好きな人ができたらいつでもうちに連れておいで。どんな身分だって構やしないわ。お金がなくてもいい、ああどんな人かしらねえ」
 早くもママには次の夢が見つかったようだ。私は握り締められた手を引き抜いた。
「残りの夏休みはヒマになっちゃうわ。もう社交イベントに参加しなくていいんでしょう?」
「え、ええそうよ」
「誰かのうちへ押しかけようかな。電話してみようっと」
 両親との胸に迫る会話の余韻も何も蹴散らして、居間を出た。

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