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カルサレス卿の獄中記(24)
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 また石段にしゃがみたくなっている私をよそに、ネグトレンは上機嫌で続けた。
「聖キエトさまの生まれ変わりに、古きカーサル大王の末裔一族までついてくれるっていうんだ。兵士どもが盛り上がっちまってもう」
 私はハッと顔をあげた。
「さっき兵舎の広間のほうから聞こえた威勢のいい鬨(とき)の声は ……
「話がまとまったし、クエイサさまから皆に申し渡しを願ったんで」
「なん ……
 挙兵の発布を、私抜きでやったというのか。だんだん腹が立ってきた。
「おいネグトレン。ホラもあまり盛りだくさんだとかえって嘘くさいぞ」
 私は指を折って数えた。
「いにしえの王で末裔で、土地の聖人で生まれ変わりだと。王も聖人も生まれ変わりも、終いにごっちゃになりそうだ。うるさすぎると思わんか」
 ネグトレンにはこたえた様子もない。
「そこは上手に使い分けましょう。武(ぶ)ばった土地ならカーサル大王、宗教に堅い土地なら旦那は兜を取ってお顔をさらし、聖人奇跡譚を強調する」
 しれっと言った。私の用は顔だけだとしれっと言った。
「ですもんで夜襲じゃだめなんでさ。遠くからはっきりお顔が見えるよう、日のあるうちが頼み」
 明日晴れるといいがなあと、西の空を確かめ始める。私も天を仰いだ。
 天よ、バチを当てるならこの男だけにしてください。あの尼僧長なら恐怖の神通力で神罰のひとり分くらい呼び寄せられたろうに、今やきれいに丸め込まれてしまったのか。私は儀式を中断された尼僧長の憎々しげな様子を思い返した。この男はこれまでもこうして口八丁手八丁、たぶん色々やってきたのだ。
 私はぶるぶると頭を振った。
「乗せられんぞ。私は自らの分(ぶん)はわきまえている。私はやはり平原の田舎貴族だ」
 ネグトレンは指をいっぽん立て、さかしげに振った。
「王なんて、元をただせばどれもそんなものですぜ。ダシートに至っては、ご大層な宮廷をかまえる前は南の海で海賊をやってた。だが旦那」
 急に、昔連れて行かれたガッコの市を思い出した。商談が白熱して来ると、商人たちは皆こんな顔になったものだ。
「今はダシートも力が落ちている。現にこの戦じゃ終始プノールンプルンに押され気味だったじゃありませんかね」
 それは確かにそうだった。私とともにたくさんの騎士が捕虜として捕えられていた。エンデシュ原の戦いはダシート側の大敗に終わったのだ。イウォリ隊長の戦記ごっこさえ、作戦として図に当たったらしい。ダシート騎士の腰の弱さ、要領の悪さがうかがえる。
 ネグトレンが指を鳴らした。
「プノールンプルンの兵力を受け継ぐ“ついで”と思って、ダシート攻略の流れにも、そのまま乗っかっちまっちゃどうです。ダシートを飲み込めば、ユワク王だって夢じゃない」
 この店が指パッチンで売りつけようとしているのはユワク統一か。めまいがしてきた。
「ユワク王 …… 素敵ですわ」
 いつの間にか隣にいた姫がうっとりと言ったので、ものは試し。夢想の中の彼女の黒髪に、王冠を載せてみた。
  ――― 悪くない。切らせてしまった黒髪の代わりとしては、なかなか悪くない。
「そうは言うが、ネグトレン」
 私は精一杯重たく首を振った。
「ダシートに“聖キエトさま”は効かないぞ。そこからは本当の全面戦争になる。策はあるのか」
 冷たく言って顎を上げる。私だって戦のことくらい分かるのだ。少しは。
 ネグトレンがニヤリと笑みを広げた。“釣れた”という顔だ。
 私は、“聞くだけ聞いてやる”の顔をしてみた。
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