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カルサレス卿の獄中記(20)
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 話を戻そう。隊長たちが慌しく出発した、その後のことだ。


 馬群が土煙とともに彼方へと遠ざかり、砦はなんとも気持ちの悪い静寂に包まれた。
 泣きわめく声もいつの間にか止んでいる。
 ネグトレンがぶらぶらと歩いて、白髪の人々に近づいた。白いかつらに手を伸ばし …… いきなりすぽんと抜いた。
 兵士たちが絶句した次の瞬間、カルサレス一行が揃ってかつらをはぎ取った。あらわになったのはいずれも私と同じまっすぐで硬い、漆黒の髪。
「若さま!」
「若! お迎えに上がりましたー!」
 芝居気たっぷりの種明かしである。劇的展開のごり押しとばかりわーわー騒ぎ続けていると、サクラにつられた兵士たちも喝采を始め、まさに三文芝居の大団円。
 もちろん職務を忠実に守り、私たちを拘束しようとする者もいるにはいた。
 中庭はにわかに秩序を失い、武装集団同士、あわや戦闘がはじまりかけたとき。
「双方控えよ!」
 クエイサ尼僧長の声があたりを打った。
「ただちに剣を収めてくれた者を、教会の衛士として雇う!」
 つまり、プノ−ルンプルン兵をやめても、教会が給料を払うと呼びかけたのだ。
「どうしても従えない者は、カルサレス側がわたくしクエイサを人質に取ったため、やむなく武装解除されたとしてほしい。どうか争うな」
 兵士たちにとってはどちらにつくかを選ぶより、尼僧長の前で血を流すことにためらいがあった。
 尼僧長はさらにかき口説いた。軍規にそむいた上、重要人物と判明した捕虜を逃がしてしまうことになる。懲罰や減給はあるだろうが、自分からも王に働きかけて身分は保証されるようにする。なにも心配いらない。残りたければ安心して残ればよい。
 こうして尼僧長が言葉を連ねるほど、プノールンプルンに残ることへの魅力は色あせていったから不思議だ。兵士たちは互いに顔を見合わせ、ネグトレンいわく、“寝返ったほうがいっそ面白いんじゃねえか”という気分が漂い ―――
 結局、誰も剣を取らなかった。
「忠誠だ軍規だ小うるさいのが、みんな隊長にくっついて行っちまったせいもありましょうがね。とにかく連中は、面白けりゃそれでいい」


 そんなわけで目下のところ、シオレンカ砦は私を自由にしたばかりでなく、なんとなく私の支配下に入ったような感じでもあるのだ。兵士も教会信徒もカルサレスも一緒になって、夕餉の支度にかかっていた。
 あっという間の出来事だった。
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