ネグトレンはじりっと回り込んだ。
「ではそこで、クエイサさまに向かって罪を認めろ。盗人の人殺しめ。でないと
…… 」
息を詰め、片手突きを大きく引いてかまえる。
「およしなさい!」
尼僧長が剣を迎えるように立ち、ネグトレンがひるんだ。にらみ合う二人。
ネグトレンが先にがくりと脱力した。
「ああ、確かに魂のないうつろな体を殺すのは大罪だ。こんな奴のせいで地獄に落ちるのはご免だ。どうすれば
…… 」
見ていると、苦悩のネグトレンが調子をあげていくにつれ、尼僧長の目つきはますます暗く、険しくなった。こんな物騒な目つきの尼僧を他に知らない。のどの奥で何か、小さなうなり声まであげている。
「教義をどこまでもてあそべば
――― 許さぬ
…… ネグトレーン」
怖い。
名を呼ばれて返事をすると呪いをかけられる炉辺がたりがあったが、伝道教会は民間呪術も取り入れているのだろうか。
一方、イウォリ隊長にかけられた呪いを、副官が必死に解こうとしている。
「隊長、しっかりしてください」
「しー、クエイサさまに叱られたのだ、いましばらくシュンとしてよう」
「ひとまずあたりを調べませんか。本物のカルサレス卿のご遺体を見つけないことには何の証拠も」
「そうだな。シバムの山越え道をくまなく探すか」
「隊長どの」
ネグトレンは剣を収め、大股で部屋を横切った。詰め所の扉に向かう。
「証拠というなら、ここに本物のカルサレス卿を知る者を連れ参っております」
扉が勢いよく開けられた。
中庭には砦じゅうの人々が集まっていた。わあっとどよめきが起こる。
「若さま!」
砦の連中を押しのけて走り出たのは、旅装の一団だ。
男も女も若者も年寄りもいて、皆、ふわふわした白い髪をうなじのあたりで束ねている。
「こ、これは」
「若のお召し物を着ているが」
「こやつ、真っ赤な偽物ですぞ!」
口々に言いながら一斉になだれ込もうとするのを、ネグトレンが押しとどめた。
「カルサレスのかたがた、それは確かなのですね?」
「そうですとも」
私に向かって憎悪を込めた指がさしつけられる。
「こやつの真っ黒い髪がなによりの証拠」
「若の髪は私どもと同じ、日に透けるようなプラチナブロンドでございますわ!」
そうだそうだと他の者も声を合わせ、黒い悪魔め、地獄へ落ちろと汚い野次が飛び交った。
「下劣な盗人め」
「高価な武具に目がくらんで、あのお優しい若さまを
…… 」
白髪の一群は、この世の終わりのように身もだえしている。
「古きカーサル大王の怒りに触れるがよい!」
「我ら白金の髪の一族は、古きカーサル大王の誇り高き末裔」
「あー若さまああ
…… 」
何が何だか分からない。
しかしはっきり分かることがひとつだけあった。私は奥歯をかみしめながら、ひたすら自分に言い聞かせた。
―― 笑っちゃダメだ。笑っちゃダメだ。耐えろ!