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カルサレス卿の獄中記(16)
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 白刃がまっすぐ狙いをさだめる。
「お気の毒なカルサレス卿。山に不案内だったせいで、ご不運にも薄汚い強盗を雇ってしまわれたのだ」
 私は膝立ちであとずさった。
「いやネグトレン」
「だがネグトレン」
 私に負けず劣らずよろめいているのは隊長だ。
「あの男は、領地内各所の友人知人へ手紙を大量に書いていたぞ。借金の」
「あんなもの」
 剣先をぴたりと据えたまま、ネグトレンはとほ、と息を吐いた。
「シバムのあっち側にちょっと詳しい者なら、誰でも知ってる氏族名ばかりでさ。中身は出鱈目で、現にカルサレス本家の家令どのは手紙の内容に首をひねっておられて、それで支払いの承諾をしかねていたというんで。お屋敷のことを知らぬ者が書いた手紙であれば道理」
「なんと、大胆な」
「とにかくシバムのこっち側にいる限り、少々の食い違いは押し切ればなんとかなるんだ。遠くから来た旅人ほど、嘘が大きいと言うじゃないか」
「うーむ」
 一同見事に納得し、ネグトレンはさらに続けた。
「大体貴族の当主さまが、あんな事務的な手紙をスラスラ書けるというのもおかしな話だ。違いますかね?」
「確かに」
「高貴なかたには専門の祐筆(ゆうひつ)がいて、自らペンを取るのは最後のサインだけだ」
 我が意を得たりとばかり、ネグトレンはクシャクシャの紙きれを取り出した。
「これはこやつの書き損じですがね。単語の終わりがすべて右上がりにはねているでしょう」
 確かにそれは私の癖だ。
 紙切れはうなずき合う兵士たちの手から、隊長に渡る。
「む、俺が手紙を検閲したときもこうだった。粒の揃った字でとても読みやすかったぞ」
「シバムの山あいの村でこれを村人に見せましたんでさ。そうしたら、あのあたりに回ってくる行商人なんかは、帳簿をつける際にこんな書きようをするって話が出ましてね」
 どよめきが走る。
 ネグトレンは剣先で空中に文字を書き、最後のところを右にピンとはねた。
「すべて右上がり。細かい商品名の羅列も、スッキリ読みやすいように」
「こやつ、もとは行商人か」
「山道にも詳しいわけだ」
「あ …… 待っ ……
 私は必死にあえいでいた。息が漏れて言葉にならないのだ。ガリーの西方訛りを笑えない。
「待って …… くれ、聞いて」
「貴様のホラ話は聞き飽きた。観念するんだな」
 ネグトレンの瞳が冷たく光った。
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