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カルサレス卿の獄中記(15)
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「平原より戻ったか、ネグトレン。一体何事だ。儀式の最中だぞ」
 ネグトレンはつかつかと隊長に歩み寄った。
「隊長どの。その男はカルサレス卿ではありません」
「なんだと?」
 隊長の隣に立ち、ネグトレンは私のほうを顎でしゃくった。
「あの男、どうも物の食い方がだらしないし、そこらにごみくずを投げ捨てるし、貴族にしては品のない野郎だなと、以前からいぶかっておりましたんで。カルサレスの地へふたたび赴き、卿ご自身のことを詳しく聞き込みまして、はっきりしました」
 歯の奥から絞り出すように言う。
「あれは偽者だ」
「偽者 ……
「大方、カルサレス一行がシバムの山越えのために雇った土地の男でしょう」
「いや、私はその道案内と山中ではぐれて、それで迷子に」
 ジタバタと立ち上がろうとする私に、はたき付けるような一喝。
「黙れ盗人!」
「盗人?」
 ネグトレンは兵士たちの囲みに沿ってぐるりと歩き、祭壇の前で仁王立ちになった。
「そうだ盗人だ。お前は我が隊に捕われたとき、山中にひとりでいたと言ったな。奪った甲冑を着て、ホクホクと盗人のねぐらに帰るところだったのだ」
 注釈よろしく隊長を振り返る。
「帰り道でトンマにも捕まっちまって、途方に暮れたことでしょうよ。金がないだの寝返るだのと時間かせぎをして、逃げ出す機会をうかがっていたんでさ」
 居並ぶ兵士たちも顔を見合わせた。
「そういえば、こいつは自分の聖典がどこにしまってあるかも知らなかったぞ」
「鞍の下まで探るヒマがなかったんだな」
「女たちも、塔の旦那はお行儀が悪いって言ってたぞ。窓から木の実の食べかすが落ちてきたこともあるって」
「なんだ、俺たちゃ盗人にへいこらして、食事を運んでやっていたのか」
「改宗するなんぞと言ったのも、時間かせぎか?」
 私を見下ろすたくさんの顔が、ぐっと獰猛になる。
「いやネグトレン、お前が言ったぞ、私に、改宗、お前が ……
 力が入らない。話し方まで支離滅裂になってきた。ネグトレンはフンと鼻で笑った。
「そう。隊長どの、こやつに改宗を勧めたのは私でさ」
「お前が?」
「なんだか誰からも見放されちまって、あんまり気の毒になったもんでね。だが素直に改宗に同意したのも、独房から出るための方便に決まってる」
 ネグトレンは仲間を見回して首を振った。
「油断だな。クエイサさまをお迎えするために、誰もみんな剣を置いてきちまった」
 兵士たちのあいだに緊張が走った。私が怪力を発揮して彼らを残らずなぎ倒し、遁走し去るなどということがあり得る話かどうか、ちょっと考えれば分かりそうなものだが、丸腰の不意をつかれた武人にそんな余裕はないらしい。じり、と輪が縮まる。
 円陣の中央、私の正面にネグトレンがいた。
「お生憎だな盗人。剣を持った奴が、ここにいるぜ」
 そう言ってネグトレンはスラリと抜き身をかざした。
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