私は新たに白紙を取って、まだどこかに当てがないかと考えた。
「値がつくものなら親でも女房でもという心境だなあ。私にはどっちもないが」
ネグトレンはカルタの札でも引くように、手紙の束から引き抜いては表書きを確かめている。
「旦那、そんなチマチマした借金でなくて、ほら、あのお姫さんにはお頼みにならないんですかい? ベン
…… なんとか言った」
「
…… ベレンツバイの姫」
私はむっつりと言った。修道女たちのことで妙に張り合って、私だって浮いた話のひとつくらいあると、つい口を滑らせたのだ。
「彼女はダメだ」
「ダメったって、資産家なんでしょうが。旦那の武具一式を整えてくれたってんだから」
「だー」
私は白紙を押しやった。
「ベレンツバイ家はダメだ。こんなこと、とてもじゃないが頼めない。もちろん領主館が大騒ぎになっているから、事情は伝わっているだろうが」
もごもご言いながら河向こう宛ての手紙も触ってしまった。インクはまだ乾いておらず、吸い取り紙がこすれて、署名のあたりが慌てたようにかすれる。これはいい。
わざと角をはずして折ってはどうか。あれこれ窮状演出に励む私を、ネグトレンが面白そうにのぞいている。
「元をただせばですぜ、旦那がこんなことになったのも、姫にもらった豪華すぎる武具のせいじゃないんですかね」
「違うぞ」
私は折り目をこすりながらネグトレンを睨んだ。
「あれのおかげで私はあの場で討ち死にせずに済んだのだ」
これは本当に感謝している。
「見るからに金が取れそうだというんで、取り囲んだ兵もすぐに剣を控えた」
「まあね」
ネグトレンはうなずいて一歩さがった。がしがしと髪をなでつける。
「だったらなおさら、危ないところを一度助けられてるんだ。最後まで責任を取ってもらやあどうです。お姫さんとはほれ、縁もゆかりもないわけじゃないんでしょう」
さあそこに書けと、ネグトレンが白紙を示す。
「ふん」
私は紙を大きく折った。八つ当たりではない。虜囚らしい折りっぷりを研究しているのだ。
ネグトレンはまた深く腕組みした。
「出陣の支度は、お姫さんの持参金がわりってことだったはずだ。違いますかね」
「言い回しが少し違う。“この程度のことで恩着せがましくはいたしません”」
「ふむ」
「そのあとに、“正式の持参金となれば、もっとご用意できますのよ”だ」
私はどんどん折った。
ネグトレンは天井を見上げてうなっている。
「うーん。つまり婚約を交わすのは、旦那が武勲をあげて帰って来たらの話。武具一式は先行投資と、こういうわけですな」
「お前、彼女とウマが合いそうだな」
意味不明の矩形となり果てた紙を、私は床に叩きつけた。