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カルサレス卿の獄中記(8)
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 私もただ女を眺め、飲み食いするだけで日々を過ごしているわけではない。


「今回もまたすごい数で」
 ネグトレンは手紙の束を扇のように広げ、ばららっと指ではじいた。
「下手な射手でも矢数多ければなんとやらだ」
 私は座ったまま背中を伸ばし、首と右腕をぐるぐるとほぐした。
「親戚やら縁戚やら、縁も何もない者にまで書いてみた。紙とインクだけは大量に与えられているからなあ」
 手紙の内容はもちろん借金の申し込みだ。隊長には値下げと言って怒られたが、半額分でも集めておけば払う気がある意思表示と取ってくれるだろう。寝返りを承諾した際の、支度金にも使える。どっちに転んでも金は取られるがそこは仕方ない。
 とにかく金をつかませたら、それ以上は鼻血も出ないと気づかれる前に、うまいこと言って逃げ出す。望みの持てそうな首尾だとは我ながらこれっぽっちも思えないが、まずは金がなければ始まらないのだ。


「さて。ダメもとで河向こうにも頼んでみよう」
 私は白紙の束から一枚取り、ひらりと置いて卓の木目にたてよこを合わせた。
「あそこはうちより金に困っているから、迷惑だろうが」
 インク壷のきわでペン先を回し、泡を落とす。書きものをするときの私の癖だが、文頭でしぶきが弾けるのも、窮状を訴える書き出しとしては効果的かもしれない。
「金、金、金 …… 。現物取引でよければまだなんとかなるのだがなあ」
 初めて知ったが、騎士の身代金は金貨で揃えるのが通例なのだそうだ。
「引き渡しの目録に“羊毛を荷馬車一連隊”などとあるのを見たら、隊長どのがまたパンパンに膨れ上がってしまうな」
 クスクス笑いながら私はどんどん書き、単語三つを目安にインクを付け直した。何度も書いた内容だから考えなくとも手が動く。子供の頃のお仕置きでも、こんなにたくさんの書き取りはやらされなかった。
「旦那んとこは、羊の放牧をなさるんでしたね」
 ネグトレンは壁にもたれ、ペンの往復を見守っている。
「ああ。我が領地で唯一の収入源だ。刈った羊毛を河船に積んで、北の海まで出て、河口のガッコの街で売る」
 ネグトレンは、ほうと身を乗り出した。
「ガッコと言や有名な毛織物の産地ですな。そこなら現金があるのでは?」
 私は手を休めず、首をすくめた。
「今は時期ではないんだ。買い取りの市は終わって、ガッコの商人は製品を売りに各地へ散っている。街に現金はそうないだろう。羊毛を売ったその市で皆それぞれの買い入れを済ませてしまっただろうし、さてカルサレスの平原だけで、どれほどの額が集まるやら ……
 私は一気に書き上げ、紙をかざして見直した。
「まあよし」
 小卓に投げ出して、吸い取り紙を重ねる。ここで封はしない。真面目に金策に励んでいるか、おかしな企みをめぐらせてはいないか、隊長による検閲があるのだ。
 おかげでうちへの手紙の中でも、みみっちい話はできない。“例の櫃(ひつ)の中の、銀のあれを一度調べて”などと、もってまわった言い方をしなければならないのだ。ちなみにこれは“めぼしい銀器はぜんぶ売れ”という意味だが、伝わるだろうか。
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