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カルサレス卿の獄中記(6)
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「卿がお味方くだされば、我が王もさぞ心強く思(おぼ)し召すことでしょうな」
 これは資金面でということだ。戦わずして降伏した私は、武勇を見込まれた覚えはない。
「違うと言うのに。あの支度は、装備の足りない私に近隣のあるかたがご親切にも揃えてくださって」
「富裕な後援者がおられると。ではそちらもお味方に」
「ダシートの有力な臣下を一度にふたりも。これは何ともナニですぞ、隊長」
 巨漢とノッポが頬を染め、あれがナニしてと夢広がっている。
「待ってくれ、全くの勘違いだ。私はこれから初めて宮廷に出仕するところで …… だから支度だけでも立派にと」
「うひゃあっ!」
 隊長が金切り声をあげ、巾着袋入りの巨体が跳ね上がった。
「こりゃ大変!」
 背後で誰かが叫んだ。じんわりと背中があったかくなったと思ったら、えらい勢いで突き飛ばされ、視界のスミで炎がひらめき、私は椅子と一緒に転がりながら、乱暴に上着を剥ぎ取られていた。
 床にへたり込んで見ていると、そこにいたのがネグトレンで、私の上着をブーツでドカドカ踏みつけていたというわけだ。
「お体まで熱は通らなかったようで。お召し物が上等な布地でよかった」
「野営の際も寒くないよう、かなり分厚いものだから」
 ぷうんと髪の焦げる臭いがする。高く上がった炎に髷(まげ)が少しあぶられたようだ。まだぼうっとしながらふと見ると、隊長も副官もいなくなっていた。開けっ放しの扉の前で、見張りの兵士がオロオロしている。
 私を助け起こしながら、ネグトレンは声を低くして言った。
「お立場を危うくするようなことは、あまりおっしゃらないほうがいい」
「え?」
「金がないなどはまだしも、ダシート王と面識がないってのはちょっとマズい。どっからも身代金が入る当てがないとなりゃ、旦那に捕虜としての価値はなくなるんですぜ」
 ひそひそ言いながらネグトレンは床から油つぼをつまみあげ、垂れた油をぐるりと拭った。まだ煙をあげている私の上着が雑巾がわりにされている。
「捕虜になったってことは、騎士として命乞いを聞き入れられたってことだ。命乞いってのは金を払うってことだ。金を払えないならどうなるか?」
 きれいに拭った油つぼを、ランプの台座にカチャリと戻す。
「じゃ、お帰りくださいなんてことになろうたあ、ちょっと思えませんがね」
「お前、私を助けるためにわざと火をこぼしたのか?」
「しっ」
 通廊の向こうから、隊長と副官の足音がする。
「卿にお怪我はなかったか」
 声は大分遠い。かなりの距離を逃げていたものらしい。
「はあ、ご無事のようで。大変な粗相をいたしまして」
 部屋の外に向かって怒鳴り、私の背中をあらためるフリをしながら、ネグトレンはまたさらに声を小さくした。
「あのコンビ、篭城戦で火攻めを受けたことがありましてね。ぼうぼう燃える書庫に閉じ込められて以来、火にはめっぽう弱いんでさ」
 あっという間に部屋を飛び出してったでしょうと言って、ネグトレンはニヤリと笑った。
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