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カルサレス卿の獄中記(5)
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「いやいや、委細は承知。お名前にはすぐにピンと来ましたぞ」
 隊長は短い指でこめかみをトントン突いた。
「カルサレスと言えば、古きカーサル大王の地方傍系に当たられる名家」
 そんな大王は知らないし、単に響きが似ているだけだと思うのだが、私が何か言う前に、
「おおー。さすが、イウォリ隊長」
 もみ手の副官が割って入った。
「古きカーサル大王と言えば、かつてこのユワク全土をすみずみまで治めた覇者の中の覇者。“上代戦記”ですか」
「うむ」
 隊長は満足げにうなずいた。
「原典にはない補記に、そんな記述があってな。辺境の三の巻だったか ……
 目を細めて遠くを見やる。副官は長身を半分に折ってお辞儀をし、私をチラリと見た。
「卿、隠されますな。隊長どのは万巻の書に精通しておられるのだ。嘘をついてもすぐ分かる」
 こちらへの脅しと隊長へのおべっかを同時にやってのけた。見た目はぺたんこだがなかなかの器用ものだ。
 隊長はすっかり乗せられて、上機嫌で片手を振った。
「武人はなまじ学があると出世できんぞ。俺など“剣よりペン、盾より書”といった具合だからいかん」
 なるほど。武術調練よりゴロゴロしながら読書三昧。軍装の横幅がそこまで膨れ上がった原因はそれだ。一応剣を吊るしてはいるが、ちゃんと手は届くのだろうか。太鼓腹と鞘の位置を私が目で測っていると、隊長は肘かけをミシミシ言わせて身を乗り出した。
「とは言え本の虫もたまには役に立つ。貴公の由緒正しきご出自については、本陣への報告書に詳しく述べておきましたぞ」
 なるほど。私の身代金がとんでもない額になった原因はそれだ。私は演技でなく本当に頭を抱えた。
 副官が張り切ってゴマをすり始める。
「プノールンプルン王の覚えも、さぞやめでたきことでしょうな、隊長どの」
 王さまの愉快な名前にも、もうクスリとも笑えない。私がうなだれていると、隊長はゆったりと椅子にもたれ、両手の指を組み合わせた。
「しかし妙ですな? これほどの大貴族に、ダシート陣営から何の救済の申し入れもないとは」
 私はなんとかいう大王の末裔と決まったらしい。私の主張は全く考慮してもらえなかった。
「きっと私の覚えは、そうめでたくないのだろうよ」
 私は少々投げやりになって言った。
「ふむ。ダシート王との間に不和ありと、お認めになるか」
 隊長がまた肘かけをきしらせる。
「そしてご一族からの支払いもない。金は払うなと、王からの横やりが入っとるのだ」
 ひとり言にしては芝居がかった口調で言い、隊長はたるんだアゴに片手を添えた。
「よいのですかな? これはきっと、あなたを手っ取り早く片付け、ご領地をいいようにしてしまおうという、あの狂王のケチくさい魂胆ですぞ」
「それは、何たる暴君」
 副官の合いの手が熱心になる。隊長は思わせぶりにひと呼吸入れてから、うっそりと言った。
「どうです。この機にダシートなぞ見限られては」
 やっと話の流れが見えた。私は寝返りを勧められていたのだ。
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