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カルサレス卿の獄中記(3)
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 集めたソースを残らず粥の器にあけてしまう。
 今日の粥は、かき混ぜる作業で少々手抜きをされたようだ。私はダマになっているところを丹念につぶしていった。
「しかし捕虜に興味を示したりして、彼女たちはあとでひどく怒られていたりはしないのかい。それが心配だよ」
 私の独房が邸内の居室からこの塔へと変更になったおり、私は兵舎のある中庭を通って徒歩で移送された。女たちとはそこでたまたま行き合ったのだが、きゃあきゃあクスクスと賑やかな騒ぎが聞こえたと思ったら、翌日から独房に、毛皮やら火鉢やらが差し入れられるようになったのだ。中庭を仕事に向かいながら、塔の窓穴へそっと手を振って寄こす者もいる。
「特にホラ、元気な赤毛の娘がいるだろう。あの子の名は何と言うのかな」
「赤毛っても、何人かおりますが」
 ネグトレンがあさっての方へ言い、一番可愛い子だよ! と地団駄踏みたい足をもう片方の足で踏んだ私は、卓の上で王侯貴族のお食事を続けた。
「もちろん彼女だけでなく、他の皆にも感謝しているよ。おかげで暖かく過ごせている」
 粥がすっかりこなれると、よく絡んだソースから小さな脂の玉が浮いてくる。キラキラと器のふちに連なる黄金(こがね)色の数珠球を私は惜しげもなく引きちぎり、たっぷりとひと匙すくった。
「そこの扉のところまででいいから、一度来てもらってはいけないかな。ひと言礼が言いたいんだが」
「いや、お気遣い無用」
 ネグトレンは腕組みして、私が粥を口に運ぶのを見守っている。
「寒さに震える人に手を差し伸べるのは、神に仕える身なれば当然の奉仕でさ」
「はぷっ」
 きれいに粥を噴いた。神に仕える?
「かの、彼女たちは、そのへんの農家から借り出されたんじゃないのか?」
「おや、ご存知なかった」
 そらっとぼけているが、これは絶対に分かっていて黙っていた。そういう顔だ。こぼした粥も大きな手巾が受けていて、ここまで読んでいたのならお手上げだ。
「どこの馬の骨とも知れない傭兵が集まる砦に、土地の男が妻や娘を寄こすわけがありますかね。あれは伝道教会の修道女たちでさ」
「しゅ、修道女……」
 ネグトレンは人差し指で空中に聖印を切った。
「まともな兵士なら、戦場で天の加護を期待できなくなりそうな行いは、慎みましょうからね」
「だからって仮にも尼僧が、あんな気安いふるまいをしていていいのか」
 私は窓をチラリと見た。が、下はもう静かで、炉辺がたりもお開きとなったようだ。防備に割ける人員が少ないこの砦では、次の交替はすぐに回ってくる。兵士はそれまでにしっかり休養を取っておかねばならない。
「気安いったって旦那、ありゃあただのおしゃべり雀でしょうが」
「いや、まあ」
 確かに女たちはどの兵士とも親しげに話していたが、それ以上の浮ついた素振りは見せない。搭をクスクスと見上げることはしても、意味深な言づてを寄こしたりまではせず、だけど私は当然、彼女たちは兵士のいずれかと、その、なんだ。個人的なおしゃべりをしにどこかへ行くこともあるのだろうと思っていた。とにかく何をするにもかしましく、世俗の娘っぽさ丸出しなのだ。あんな尼僧があるものか。
 ネグトレンは私の不満顔をニヤニヤと眺めている。
「彼女らは別に、貞潔の誓いを立ててるってわけじゃありませんぜ。正式の尼僧とは違いまして。結婚したいって相手ができりゃ、尼僧長んとこに連れて行って、きちんと面通しをするんで。お眼鏡にかなえば、晴れてお許しをいただける」
 そら。やはり相手を物色中でもあったわけだ。私がちょっと勘違いをしたって仕方ないはずだ。
「まあ、おカタい田舎娘ですよ。旦那のつまみ食いのお相手には不足でしょうな」
 また考えを読まれている。私はどれだけ物欲しそうに見えるのか。
「そんな宗派は初めて聞いたぞ」
 私は匙をカンカン鳴らして器の底をさらった。
「土地がらで教義もさまざまでしょうよ。ここじゃこういうやり方で、万事うまく運んでるんでさ」
「ああそう」
 まったく。兵士とのあいだに無用のいさかいなど起こさぬよう、誰が誰の決まった相手なのかきちんと見定めてとまで気を回していたというのに。
「その伝道教会というのは、大きな教会なのか」
「まあ尼僧長というのが、ここらじゃちょっとした人物でしてね。ひとにらみで、どんな王侯貴族も大人しく教会の入り口に剣を預ける」
「ほう」
「王の軍隊相手でも、思ったことを言えるんでさ。兵士の規律にも口を出す」
 ネグトレンは、ぐいとアゴを上げた。
「事情を知らんよそ者が、調子に乗って女たちにコナをかけるような真似を始めたら……いや、あのキザ野郎みたいな奴ですよ」
 私がもじもじと座りなおすのを、また面白そうに眺める。
「またたく間に尼僧長のお耳に入るはずなんで。近いうち隊長んとこにお達しが来て、ギュウという目に合わされるんじゃないですかね」


 その通りになった。数日後、私は塔の窓から、伝道教会のものらしき聖句を唱えながら裸足で中庭を往復し、薪割りの苦行にはげむ西方男の、髪振り乱した姿を眺めて楽しんだ。
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