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赤毛姫の憂鬱(12)

 こうして思い返すと、一連のできごとのなかで、私はけっこう鋭いところを見せている。
「軍師夫妻の謀略に、これからはあなたも一枚かませてもらえるかもしれない」
 と、卿はうらやましそうに言った。
「彼らはたまに、私まで引っかけることがあるんだ」
 けれど私は結局のところ、エジマの事情をぺらぺらと、あの馬丁に聞きたいだけ聞かせてしまったのだ。あまり謀略には向いていない。
 クエイサ尼僧長が、私の入信の儀式の下準備をしながら、
「カタシア・カルサレス」
 と唱え、
「また、妙な具合に頭韻を踏んだものね」
 とつぶやくのを聞いたときは、たまらずに吹きだしてしまった。
 書類室の暗いかたすみに、浮かれた恋人同士が隠れていることは、教会ではよくある事件らしい。あまり叱られなかったけれど、私たちふたりとも、隠密としての適性はなさそうだ。


 ぶちは、手のつけられない走り屋になってしまった。北ユワクに一緒につれてきて、ベレンツバイの馬場で、調教しなおしてもらっている。
 慣れない土地で、きびしい調教に明け暮れるぶちに、最初にできた友だちは、ベレンツバイの坊やだ。
 弱冠四才にして自在にポニーを駆る小公子は、親に似ず、どうしようもないおっとりさんだった。
 名づけ親に似てしまったと言って、軍師夫妻は主君のせいにしている。
 主家カルサレスの行く末がさぞ心配だろうと思いきや、当の名づけ親は、
「ベレンツバイは、親が切れすぎる。うちは両親そろってこれだけ抜けていれば、子供はかえってしっかりすると思う」
 妙なところに楽観的なひとだった。


 彼の告白のことを、忘れてはいけない。
 あの日の午後、庭園の宴席を、私があわただしく立ったとき、彼にはすぐに、私がベレンツバイ卿のあとを追ったとわかったのだそうだ。
「ネグトレンは昔から、妙に女性に、その、興味をもたれる奴で」
 あんな興味深いひとはいないと、事実私も思っているので、半分は当たっているのだと思うが、それにしたって自信がなさすぎる。家臣に想い人を取られるかもしれないと、心配するなんて。
 黒い瞳をのぞきこんで、初めて会ったときからあなたに心を奪われていたと、言ってあげられるのが嬉しい。
 自分の結婚は家のためのものだと割り切っていたのに、ひと目で恋をした。
 どうしていいかわからなかった。
 縁組相手としてのカルサレス卿は、私の恋心とはまったく関係のない場所にいるのよねと、私のなかのエジマのプライドが、意地悪く告げた。
 つらいので、なるたけ他のことを考えていたかった。
 彼は、ふと起き直ってキスをやめた。
「それで、いつも仏頂面だったのか」
 “憂い顔”とか、もう少し言いようがあると思う。
「見とれてばかりで、深く考えなかったな」


 私の憂鬱が、彼の心を魅了したのなら、これからも、常に憂い悩んでいたいものだが、今となってはそれも難しい。


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赤毛姫の憂鬱 おわり

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